【インタビュー】「いつかは海外」の夢まであと少し

【2019年12月16日】公開

日本企業で海外事業に携わる方々に、お話をお聞きするインタビューシリーズ。
今回は、日本トムソン株式会社、第二海外営業部営業課の小野田亮さんに、お話をうかがいました。

 

日本トムソン概要

日本トムソン株式会社は、1950年創業。IKO(アイ・ケー・オー)のブランドで知られる、老舗のベアリングメーカーです。

主要なビジネスは次の3つ。
1つ目は、日本で初めて製品化したニードルベアリング(針状ころ軸受)。まさに機械産業の米と呼ばれるにふさわしく、輸送機器や産業用ロボット、建設機械などあらゆる機械に組み込まれ、日本の製造業の発展に大きく貢献しています。
2つ目は、直動案内機器(リニアガイド)。直線運動の摩擦を低減させる、機械装置の位置決め機構には欠かせない機械要素部品です。
3つ目は、直動案内機器とニードルベアリングを組み合わせてアクチュエータにしたもので、同社がメカトロシリーズと呼ぶ要素部品です。

日本トムソンは、これらの商品を規格品として安く大量に売るのではなく、お客様のニーズに合った高機能商品を多品種少量生産でご提供するスタイルでビジネスをおこなっています。

 

小野田さんの原点

小野田さんは、新卒で日本トムソンに入社。
国内営業を経て、現在は、中国を中心にアジア全域を担当する第二海外営業部に所属されています。
海外営業部への異動は、小野田さんご本人の希望だったとのこと。
その原点はどこにあったのか、お聞きしました。

「学生のころから、海外で仕事をしたいと、漠然と思っていました」
きっかけは高校生のときに、交換留学プログラムに参加したことだといいます。
「交換留学プログラムといっても、私自身は海外に留学したことはないんです。ホストファミリーとして、留学生を受け入れる側の立場で参加していました」と、小野田さん。
その活動のなかで、来日した留学生たちに、日本のことをいろいろと伝えることがとても面白かったようです。

その後、大学に進学した小野田さんは、「国内旅行サークル」に所属します。
なぜ海外ではなく、国内だったのでしょうか?
「留学生や海外の友人たちに日本のことを教えようとしたときに、実は自分が、日本のことをあまりよく知らなかったことに気づいたんです」
日本のことを伝えるためには、自分自身がもっと日本のことを知らなくてはならない。
日本国内の様々な土地の文化や歴史を学ぶために、あえて国内旅行サークルを選んだとのことでした。 

そして、就職活動をはじめた小野田さん。
就職先を決めるときにも、日本のことを世界に伝えたいという想いが根底にありました。
「日本には優れた技術がたくさんある。それを直接、世界に伝える仕事がしたいと思いました」
また、ホストファミリーとして多くの留学生を受け入れる活動をしてきた小野田さんですが、ご自身には海外留学の経験がありませんでした。
いつかは海外に行ってみたい。
その一心で、海外で活躍するチャンスがある仕事を選びました。

 

海外担当になって

そのような思いで、日本トムソンに就職した小野田さん。
まずは国内営業部に配属され、日本トムソンの営業方針である「お客様に密着した提案型営業活動」を学びます。
規格品を販売するのではなく、顧客がどういうものを作りたいのかを知り、その実現に向けて提案することを実直に続けてきました。
この積み重ねは、いまの海外営業部の仕事でとくに役立っているといいます。

当初から海外事業への希望を出していた小野田さん。
入社から2年半ほどで、異動の辞令を受けます。
希望通り、海外営業部への配属です。

日本トムソンの海外営業は、テリトリーを大きく2つに分けています。
アメリカを中心とした欧米を担当する第一海外営業部と、中国を中心にアジア全域をカバーする第二海外営業部です。
小野田さんは第二海外営業部で、アジアを担当することになりました。

しかし、まだ海外に赴任するというわけではありません。
日本トムソンの海外事業は、基本的に海外の現地法人が担っています。
小野田さんたちの所属する海外営業部は、日本国内から、現地法人をサポートするのが主な役割です。
たとえば、小野田さんが担当する東南アジア地域は、タイの現地法人ITA(IKO THOMPSON ASIA CO., LTD.)が主導します。
とはいっても、現地法人もエリア内の顧客をすべてカバーできるわけではありません。
そういう場合には、小野田さんたちが出張ベースで現地の販売代理店をサポートしに行きます。

顧客と直接対面していた国内営業時代と違い、現地法人や販売代理店を通しての間接的な関わり方になり、国内営業から転じた当初は勝手が違うなと感じたようです。
「後方支援が役割なので、純粋な営業というより、営業事務的な業務が多いですね。求められるスキルも違っていて、学ぶことがたくさんあります」

また、東南アジアの顧客は、スピード感もかなり違うといいます。
「国内のお客様は、たいてい半年や1年先の計画があって、事前にスケジュールを共有していただいていることが多いです。一方、東南アジアのお客様は、短納期や急な話がよくあります。『来週、サンプルを持ってきて』などということもあるのですが、物理的な距離があるだけに、『来週』の重さが違うんですよね(笑)」
それだけに、日頃のコミュニケーションのなかで顧客が何を考えているのか、国内営業時代よりも強く意識して情報収集を心がけるようになったとのこと。
「先手を打って準備しておいたり、先回りして提案したりと、より能動的に動くようになりました」

後方支援活動の一環として、海外の展示会を担当するようにもなりました。
「国内営業時代は展示会に携わったことがありませんでした。国内には展示会などの販売促進活動を専門におこなう部隊がありますから」
異動した直後に初めて関わった展示会では、説明員として現地でアテンドしただけでした。
2回目となる2019年は、主幹担当として出展に関する一切を取り仕切りました。
「これまでも会社としては出展してきたので、型みたいなものはあります。なので、ゼロイチでつくりあげる苦労はありませんでした。そこは歴代の前任者の皆さんに感謝ですね」
小野田さんは、これまでのやり方を踏襲しつつも、次回以降に意欲的に取り組もうとしています。
「今年は型に助けられましたが、その型が制約になってしまっている面もあるなと感じました。一度、自分でやってみたので、全体像はつかめました。次は、これを発展させていきたいですね」

 

一緒に未来をつくりたい

最後に、今後の抱負をお聞きしました。
「将来的には現地法人に行きたいですね。私はまだ、海外を生活の場にしたことがないですから」
高校生の頃から思い描いていた、いつかは海外という夢まで、もう少しというところまで来ています。

「いまの部署で6~7年、私が30代前半くらいになったら行ってみたいです。日本の技術を自分の手で世界の人たちに届けたいんです。そのためには、国内にいるうちに引き出しをたくさん持つようになっておかなくてはと思っています。それに、いまの後方支援の仕事ももちろんやりがいがありますが、営業としては、やっぱり最前線でやりたいですから」

小野田さんに、どの国に行きたいかとお聞きすると「いまならタイです」とのお答え。
先進国以外で、現地法人があるのはタイだけなので、というのが理由だそうです。
「日本トムソンは、どちらかというと、その分野の先端を担っているお客様に高度な提案をしていくスタイルです。でも、いまのタイはそうではない。これからどんな産業がでてくるかわからない。それが魅力なんです」

また、いま現地法人のあるタイ以外の国の可能性についてもお聞きしました。
「ベトナムには工場はありますが、販売拠点はないんです。いずれ現地法人もという話が出てくるかもしれません。それに、インドはタイでカバーするには物理的に遠い。そういう国で、もし起ち上げという話があったら、ぜひ手を挙げたいですね」

これからという国で、自分が一緒になってどんな絵を描けるか。考えることも多いし、守備範囲も広い。これまでとは違う種類の苦労も多いと思うけれども、それも含めて楽しみですと語る小野田さん。
微力ながら、私たちも夢の実現へ向けてお手伝いできればと思います。

 

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