日本とタイの製造業をIoTでアップデート i Smart Technologiesに聞く海外戦略 | ピリピリ 東南アジア進出をサポート!
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日本とタイの製造業をIoTでアップデート i Smart Technologiesに聞く海外戦略

2013年に自動車部品メーカー・旭鉄工の後継としてトヨタ自動車から転籍した木村哲也さんは愕然とした。いくら作っても赤字になるだけの経営状態、過去の習慣から逸脱できない体質、会社の未来を誰も考えていない経営陣——「変革するしかない」という強い気持ちで大胆な改革に着手、IoTを活用して製造ラインの生産性を劇的に向上させた結果、社員全員が常に改善・改革に取り組む組織に生まれ変わったという。この知見をもとに木村さんが創業したi Smart Technologies株式会社(以下、i Smart Technologies)だ。現在同社は日本の製造業、そして旭鉄工の現地法人があるタイで事業を展開している。そんなi Smart Technologiesの事業内容とタイに進出した経緯、そして海外で事業を展開する意義を同社 代表取締役社長 CEOの木村 哲也さんに聞いた。

 

IoTを活用した製造現場の改善を支援するi Smart Technologies

—日本国内のほかタイでも事業を展開しているi Smart Technologiesですが、事業内容と強みを教えてください

木村さん:
IoTを活用して製造業工場の改善活動を支援する事業を展開しており、IoTシステムとそのノウハウをさまざまな企業に提供しています。このシステムはもともと2013年に私が継いだ自動車部品メーカーの旭鉄工で展開したノウハウをブラッシュアップしたもので、実際に対2013年比で電力消費量は22%削減、2015年比で年間10億円の利益増を達成しました。工場100ラインの生産性は平均43%向上、労務費は4億円削減できています。このシステムを他企業に提供するために創業したのがi Smart Technologiesです。


i Smart Technologies株式会社 代表取締役社長 CEO 木村哲也さん

特徴は、システムを開発するチームと現場の改善活動を行う部隊が一体になっていること。これにより、IoTシステムそのものはもちろん、デジタル化によって得られるさまざまな数値を見やすくするためにダッシュボードなども常に進化しており、とても鍛えられています。

実際に旭鉄工では大きな効果が出ているのだから、他企業でもこのシステムを活用すれば効果が出ないはずがありません。とはいえ、導入しただけで簡単に成果がぐんぐん出るというわけではないので、実際に活用しながら知見を蓄えてきた旭鉄工の社員たちがそのノウハウをクライアントさんの工場に提供しています。


—元々はトヨタ自動車でトヨタ生産方式を広める生産調査部にいらっしゃったそうですが、そのノウハウが生かされているのでしょうか。

木村さん:
IoTでデータが簡単に入手できるとカイゼンの中で重点を置く場所がちょっと変わってくるだけで、基本的な考え方はトヨタ生産方式に則っています。問題を見える化して現場の人たちが改善に関する知恵を出し合うのは同じですが、それをさらに楽に速くできるようにIoTを活用していることが特徴です。

たとえば「生産性を上げたい」と考えた場合、まずは現状の製造ラインの稼働状況を把握しなくてはなりません。従来だと製造ラインごとに人がストップウォッチを持って1分間にどれだけ生産できるかを確認してグラフを作っていきますが、私たちの仕組みではIoTでリアルタイムに稼働状況を把握し、そのデータをワンクリックでグラフとして見られるような工夫をしています。問題がすぐに見えるので、即改善に取り掛かれるんですね。IoTを使う前に比べると、改善スピードは9倍というデータもあります。今はさらに速くなっていると思います。

 

赤字続きの会社を改革した実経験が事業の基盤に

—トヨタ自動車を退社後、旭鉄工を引き継いでからi Smart Technologiesを設立されるまでの経緯を教えてください。

木村さん:
トヨタには新卒で入社しました。車が大好きで、トヨタでは自動車の性能を向上させる実験部に所属して、テスト走行を行ったりもしてました。オーストラリア駐在時は砂漠でテストしたり、アリゾナにテストコースがあって、ロサンゼルス辺りもよく車で走りました。

旭鉄工は結婚したパートナーの父、私にとっては義父に当たる人がずっと社長をやっていたんです。ゆくゆくは継ぐことが決まっていたので、生産調査部で数年過ごしたのち、2013年に旭鉄工に入社しました。

ところが入ってみたら驚きました。万年赤字体質で作っても作っても赤字という状況で、しかも社長だった義父からは「3年間何も変えるな、メモだけ取っていろ」と言われてしまって。誰も会社の未来を考えていない、誰も経営していない状況だったんです。


—そこで思い切って改革に踏み切ったんですね。反発はなかったのですか?

木村さん:
それは反発がありました。義父ともかなりやり合いましたよ。「変えるなっていうけど、だったら僕がいる意味がない」と言ってね。そうやって改革を続けていると、入社した2013年の年末ごろ、私の靴箱にドリルが入っていたこともありました。嫌がらせだと思うんですけどね。

 
当時、靴に入っていたドリル

正直言って、その時私は「しめた」と思ったんです。所詮こんなことしかできないから、何も怖くありません。改革しなければ仕方がないんだからやるしかない。そんな気持ちでした。


—抵抗勢力がいるなか、どうやって改革していったのでしょう?

木村さん:
全社的に最初から全部改革しようとは思っていませんでした。そこでまず、味方になってくれそうな人ややる気がありそうな人を見つけて、そのメンバーと一緒に進めていったんです。

例えば現場の改善でいうと、ちょっと気合い入っていそうな係長がいたんです。そこに毎日行って、改善するにはどうすればいいかという知恵やアイディアをどんどん出していきました。当時、私は副社長でしたが、相手も「副社長がこんなに熱心なんだから」というので、次々と改善案をトライしてくれたんです。するとそのラインで生産性がグンと向上しました。これがIoTを使った最初の事例です。

そして年始になり、全社員が集まる会で表彰しようと思ったんです。表彰制度はなかったのですが、私の独断で賞を作り、みんなの前で表彰  しました。

すると何が起こったか。まわりが表彰の理由を聞きにきたので「こういうシステムを作って改善して生産性が上がったから表彰された」とその人が説明したんですね。「じゃあ、自分もそれをやってみよう」という人が少しずつ出てきて、味方がだんだん増えてきて、みんなが巻き込まれていったんです。

そうなってくると、最初は課長、係長クラスから始まった改善も、現場の班長やグループリーダーまで広まっていって、広い範囲で改善が行われるようになります。最近だと「カーボンニュートラルの取り組みのため電力消費量を下げよう」と私が基本的な考え方を示したところ、その機能をシステムに追加し、電力削減アイテムのリスト化や新しいグラフの表示方法を考えて使いやすいように工夫をしてくれました。私が特に何か言わなくても、社員が自分たちで考えて工夫する仕組みが出来上がているんです。だからこの仕組みで成果が出ないわけはないんですよ。

 

タイも日本も事業の難しさは変わらない

—タイで事業を展開しようと考えたきっかけを教えてください。

木村さん:
タイには旭鉄工の現地法人があり、そこでもIoTシステムを入れて成果を上げていたからです。その拠点の人々から直接ノウハウをタイの日系現地の製造業の方々に伝授したほうがいいと考え、タイでの事業展開を決めました。そこでJETROが進めているASEANにおけるアジアDX促進事業の補助金申請を受け、JETROの案件を中心にタイの日系現地法人への展開を始めました。


—タイでの事業展開に関して難しさやカルチャーの違いを感じることはございますか?

木村さん:
当社の事業に関してはタイと日本であまり変わりはないと思います。データを活用して成果を出すには、しっかりデータを見てそれを改善につなげていく仕組みを作れるかどうかが要です。カルチャーやビジネス慣習の違いよりも、経営陣の姿勢の違いのほうが成果を左右します。

そのため私たちは、生産ラインで働くタイの人々のモチベーションをいかに維持・向上できるかについてさまざまな取り組みをしています。結局、現場の人に知恵を出してもらい、自分たちが楽になる仕組みを作るほうが重要なんです。

そこで行なっているのが「改善の卒業式」です。改善プランは3カ月単位で行うのですが、3カ月後に現場チームから「こういう目標でこんな対策をして、ここまで生産性を上げることで労務費がこれだけ節約できました。電気料金も削減できました」という報告を受けます。その報告を聞き、とにかくその取り組みや考えたこと、アイディア、成果に関して徹底的に褒めるんです。

多くの企業では改善活動をすると「ここができてもあっちができていない」と難癖を付けようとするでしょう。そんなことをやっていたら現場が萎縮してしまいます。タイからもオンラインで報告を受け、みんながピースサインして撮った写真をSlackで送ってもらいました。こうして成果を褒めて、共有する。するとやはりやる気が出てくるんです。

 
Slackに投稿されたタイ現地法人の工場のカイゼン報告会(画面右下がタイ オフィス)

大切なことは、経営陣がしっかりデータを見て、現場の人たちと一緒に彼らの目線で改善アイディアを出すことです。実際にデータを見ると、思っている以上にラインの稼働率が上がっていなかったり、無駄が多かったりするんですよ。「これ以上やりようがない」と思っていても実は改善できるところはまだまだあります。結局、改善しようという気概を経営層が持てるかどうかで、これはタイも日本も変わりません。

 

今こそグローバル化が必要な理由、ぜひ海外進出を!

—事業を行ううえでの難しさは日本もタイも同じなんですね。

木村さん:
そうですね。もちろんタイの事業も積極展開していきたいと考えています。ただ日本企業の方に話をすると、みなさん「生産性を上げたい」とはいうものの、積極的に取り組むかといえば必ずしもそうではなく「そんな余裕はない」「人がいない」となるケースも多いんです。

今はむしろ生産性向上よりも、脱炭素社会ということでカーボンニュートラルが話題になっています。いずれにしろ、では電力をどれぐらい使っていて、それをどれだけ削減できるのかはデータで見える化する必要があるので、そちらの切り口から事業を展開することも考えています。


—最後に、アジア市場や海外市場に挑戦したいと考えている企業にメッセージをお願いします。

木村さん:
私見ですが、ひとつの世界に閉じこもってるだけだと発展がないと思うんです。日本市場の大きな成長が見込めないということもありますが、もう1つ忘れてならないのが「異質なものを取り込むことでレベルアップする」ということです。仮に日本市場で頑張るにしても、違う視点だったり考え方だったりを取り入れて視野を広く持つことが大切だと思うんですね。それがグローバル化だと思います。

かつて東京大学総長を務めた濱田純一東大名誉教授は「タフでグローバルな東大生を育てたい」と言っていました。タフというのは「どんな状況でも主体的に考え、能動的に行動し、それを維持できる精神的なたくましさ」のことで、グローバル化というのは「自分が生きてきた環境とは異なる、異質なものや多様なものを自分の知力や行動力、想像力の源泉として取り込んでいくこと」と説明していて、本当に共感したんです。そうやって自分たちが進化していくためにも、海外進出してみたらいいと思います。

 

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