インドは世界第5位の経済規模を誇り、IT・製造・小売・スタートアップ分野で急成長を続ける魅力的な市場です。しかし、日本企業がインド進出を成功させるためには、複雑なビジネス規制や設立手続きを正確に理解し、現地特有のリスクやトラブルを未然に防ぐことが不可欠です。本記事では、インドでのビジネス展開に必要な法人形態の選択から設立手続き、外資規制、税制、労務まで、実務で重要なポイントを解説します。
インドへのビジネス進出を検討する際、最初に決定すべき重要事項が法人形態の選択です。インドでは外国企業に対して複数の事業形態が用意されており、それぞれ異なる規制や要件が適用されます。
現地法人設立は、インドで最も一般的で推奨される進出形態です。非公開有限責任会社として設立することで、親会社から独立した法人格を持ち、事業活動の自由度が最も高くなります。
現地法人は全業種での事業展開が可能で、外国直接投資(FDI)規制の範囲内であれば100%外資での設立も認められます。最低資本金の規定はありませんが、事業規模に応じた適切な資本金設定が求められます。取締役は最低2名、株主は最低2名が必要で、取締役のうち1名以上はインド居住者でなければなりません。
現地法人設立のメリットは、税制上の優遇措置を受けやすく、現地での信用度が高いことです。一方、設立手続きが複雑で時間を要し、コンプライアンス義務が重いというデメリットもあります。
合弁会社は、インド現地企業と日本企業が共同で設立する法人形態です。現地パートナーの市場知識やネットワークを活用できるため、市場参入リスクを軽減できます。
合弁会社では、パートナー企業との出資比率や経営権配分、利益分配などを詳細に取り決める必要があります。特に防衛、小売、放送など外資規制が厳しい業種では、インド企業との合弁が事実上必須となるケースもあります。
駐在員事務所は、市場調査や親会社への情報提供を主目的とする事業形態です。設立手続きは比較的簡単ですが、営業活動や利益を伴う事業は一切禁止されています。
支店は、親会社の直接的な延長として位置付けられ、製造業やサービス業での事業活動が可能です。ただし、小売業や農業など特定業種での支店設立は制限されています。支店は親会社と同一の法人格とみなされるため、インドでの事業リスクが親会社に直接影響する点に注意が必要です。
駐在員事務所と支店のいずれも、インド準備銀行(RBI)からの事前承認が必要で、3年ごとの更新手続きが求められます。多くの日本企業は、将来的な現地法人設立を見据えて、段階的に事業形態をアップグレードするケースが一般的です。
インドでの現地法人設立は、複数の政府機関での手続きが必要な複雑なプロセスです。事前準備を十分に行い、必要書類を適切に準備することで、スムーズな設立を実現できます。
現地法人設立の最初のステップは、取締役識別番号(DIN)とデジタル署名証明書(DSC)の取得です。すべての取締役候補者は、事前にこれらの書類を準備する必要があります。
DINの取得には、取締役候補者のパスポートのコピー、写真、住所証明書類が必要です。特に日本居住者の場合、住所証明として在留証明書や印鑑証明書の英訳・アポスティーユ認証が求められるため、事前準備に時間を要します。
DSCは、インドの政府認定機関から発行される電子証明書で、オンライン申請システムでの手続きに必須です。取得には約1週間程度を要し、有効期限は通常2年間です。外国人取締役の場合、インド現地で面接を受ける必要があるケースもあります。
会社設立前には、希望する会社名の承認を企業省(MCA)から取得する必要があります。商号承認申請では、第一希望から第三希望までの会社名を提出し、既存企業との重複がないか審査されます。承認された会社名の有効期限は60日間のため、承認後は速やかに法人登記手続きを進める必要があります。
商号の選定時には、商標権侵害のリスクを避けるため、事前に商標調査を実施することが推奨されます。インドの商標登録制度は国際基準に準拠しており、既存の商標権と抵触する社名は後々法的トラブルの原因となる可能性があります。
商号承認後は、企業登記局(RoC)での法人登記手続きに進みます。設立時には、定款と基本定款の作成が必要です。定款には、会社の目的事業、授権資本金、株式の種類などを詳細に記載します。事業目的は将来の事業拡張を見据えて幅広く設定することが一般的ですが、外資規制対象業種を含める場合は慎重な検討が必要です。
登記申請に必要な主要書類には、取締役・株主の身分証明書、住所証明書、DINとDSC、定款、資本金払込証明書などがあります。外国人取締役・株主の書類については、すべて英訳とアポスティーユ認証が必要で、準備に1-2ヶ月程度を要する場合があります。
法人登記完了後は、税務登録手続きを行います。恒久口座番号(PAN)と税務情報ネットワーク(TAN)の取得が必須です。
業種によっては、追加のライセンスや許認可の取得が必要です。製造業では工場ライセンス、食品関連では食品安全許可、IT企業では輸出入ライセンスなどが求められるケースがあります。これらのライセンス取得には、それぞれ固有の要件と手続きがあるため、専門家のサポートを受けることが重要です。
インドのビジネス環境において、外国直接投資(FDI)規制と業種別規制は、日本企業の進出戦略に大きな影響を与える重要な要素です。これらの規制は頻繁に更新されるため、最新の情報に基づいた適切な対応が求められます。
インド政府は外国投資を促進する政策を採用していますが、国家安全保障や国内産業保護の観点から、特定業種には外資比率の制限を設けています。外国投資は自動ルートと政府承認ルートの2つの方式で管理されています。
自動ルートでは、インド準備銀行(RBI)への事後報告のみで投資が可能で、多くの業種で100%外資が認められています。一方、政府承認ルートでは、外国投資促進委員会(FIPB)や関連省庁からの事前承認が必要です。
主要な業種別の外資規制状況を整理すると、製造業は基本的に100%外資が可能ですが、防衛関連製品では49%までの制限があります。以下で主要な業種別の規制について詳しく見ていきましょう。
業種 | 外資比率上限 | 承認方式 |
---|---|---|
製造業(一般) | 100% | 自動ルート |
単一ブランド小売 | 100% | 政府承認 |
マルチブランド小売 | 51% | 政府承認 |
銀行業(民間) | 74% | 政府承認 |
保険業 | 74% | 自動ルート |
電気通信 | 100% | 政府承認 |
農業、不動産、鉄道、原子力などの業種では、より厳格な制限や完全禁止措置が適用されています。これらの規制は国家政策の変更により随時更新されるため、進出検討時には最新の規制情報を確認することが不可欠です。
政府承認が必要な業種では、詳細な事業計画書と投資提案書の提出が求められます。承認プロセスには通常3-6ヶ月程度を要し、追加資料の提出や面接が実施される場合もあります。
PN3(Press Note 3)に基づく規制では、中国系企業からの投資について特別な審査が実施されています。日本企業であっても、中国系企業との合弁や技術提携がある場合は、この規制の対象となる可能性があります。
インドの税制は連邦税と州税が複雑に組み合わさった構造となっており、日本企業にとって理解と対応が困難な分野の一つです。また、近年の所得税法改正やGST制度の定着により、コンプライアンス要件も厳格化しています。
インドの法人税率は、新税制オプション選択により25%または30%の基本税率が適用されます。新税制を選択する場合は各種優遇措置が利用できませんが、税率が低く設定されています。従来税制では30%の基本税率に加えて、サーチャージや教育税が上乗せされます。
最低代替税(MAT)は、税額控除を多用して税負担が極端に少なくなった企業に対して適用される制度です。MATは簿価利益の15%相当額と通常の法人税額を比較し、高い方を納税額とする仕組みで、日本企業の税務戦略に大きな影響を与えます。
物品・サービス税(GST)は、中央GST(CGST)、州GST(SGST)、統合GST(IGST)の3つから構成される付加価値税制度です。税率は商品・サービスにより5%、12%、18%、28%の4段階に分類されています。
GSTの特徴は、インプットタックスクレジット(ITC)制度により、仕入れ時に支払ったGSTを売上げ時のGST納税額から控除できることです。ただし、適切な請求書の保管と電子申告システム(GSTR)での正確な申告が前提となります。
州をまたぐ取引では、IGSTが適用され、輸出取引には0%税率が適用されます。GST登録事業者は、月次または四半期ごとの定期申告に加えて、年次申告書の提出が義務付けられており、申告遅延には重い罰則が科せられます。
インドで事業を行う企業には、複数の税務申告義務が課せられます。法人税の申告は年次で、評価年度終了後9ヶ月以内(監査対象企業は12ヶ月以内)に提出が必要です。源泉徴収税(TDS)の申告は月次または四半期ごとに実施します。
GST申告は事業規模により月次または四半期ごとに行い、遅延には売上高の0.25%(最低1,000ルピー)の罰金が科せられます。また、税務監査の対象となる企業では、公認会計士による監査済み財務諸表の提出が必要です。
インドの労働法は包括的で複雑な制度となっており、日本企業が現地で人材を雇用する際には、多くの法的要件への対応が求められます。2020年に制定された労働法典の施行により、従来の複雑な労働法体系が整理されましたが、依然として州ごとの相違点や実務上の注意点が数多く存在します。
インドでの雇用契約では、雇用形態、勤務条件、給与体系、福利厚生などを明確に定めた雇用契約書の作成が法的に義務付けられています。特に試用期間、勤務時間、有給休暇、退職時の手続きについては、労働法に準拠した詳細な規定を設ける必要があります。
勤務時間は原則として1日8時間、週48時間が上限とされ、超過勤務には割増賃金の支払いが必要です。有給休暇は勤続年数に応じて年間12日から21日が付与され、未消化の有給は退職時に金銭で精算することが法律で定められています。
女性従業員に対しては、産休・育休制度、夜勤制限、セクシャルハラスメント防止措置など、特別な配慮が法的に求められます。また、50人以上の従業員を雇用する事業所では、社内苦情委員会の設置が義務となっています。
インドで雇用する従業員については、従業員積立基金(EPF)、従業員国家保険(ESI)、労働者災害補償保険などの社会保険への加入が義務付けられています。これらの保険料は、雇用者と従業員が一定の割合で負担します。
EPFは退職積立制度で、月額基本給の12%を雇用者と従業員がそれぞれ拠出します。ESIは医療保険制度で、月額給与の4.75%を雇用者が、1.75%を従業員が負担します。これらの制度への未加入や保険料滞納は、重い罰則の対象となります。
また、ボーナス支払法により、年間給与が一定額以下の従業員には最低8.33%のボーナス支払いが義務付けられており、これを怠ると法的なトラブルの原因となります。また、グラチュイティ(退職一時金)制度により、5年以上勤続した従業員には退職時に一時金の支払いが必要です。
インドの労働法では、従業員の解雇に対して厳格な制限が設けられています。100人以上を雇用する事業所では、レイオフや工場閉鎖について政府の事前承認が必要で、承認取得は非常に困難とされています。
個人の解雇についても、正当な理由と適正な手続きが求められ、労働争議法に基づく調停や仲裁手続きを経る必要があります。懲戒解雇の場合でも、事前の警告、調査委員会の設置、弁明の機会付与などの適正手続きが不可欠です。
インドビジネスへの進出は、複雑な規制環境と手続きを伴いますが、適切な準備と専門家のサポートにより成功の可能性を大幅に高めることができます。
インド進出を成功させるためには、事前の十分な調査と準備、現地の法制度と商慣行への深い理解、そして信頼できる専門家とのパートナーシップが不可欠です。複雑な規制環境を適切にナビゲートし、現地特有のリスクを最小化することで、インドの巨大市場でのビジネス機会を確実に掴むことができるでしょう。
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