ASEAN最大の人口と国土を持ち、年平均5%と安定した経済成長率を誇ってきたインドネシアですが、2020年から続くコロナ禍でアジア通貨危機以来初のマイナス成長に陥るなど、大きな打撃を受けています。そのような中で、2021年5月に注目のユニコーン企業であるゴジェックとトコペディアが合併し、インドネシア最大のインターネット企業が誕生するというニュースが発表され、今後のさらなるDX推進に国内外から期待が寄せられています。
そこで今回は、三菱商事の在インドネシア子会社で営業取締役として経営に携わってきた福本大悟氏への取材をもとに、インドネシアの概況やDXにまつわる現地の状況についてリポートします。
インドネシアは世界第4位、ASEAN最大の2億7000万人もの人口を抱える国です。その国土は広大で、西から東まで約5,000キロと、アメリカ合衆国と同じくらいの東西幅の中に、約13,000に及ぶ大小の島々が散在しています。インドネシアは各島々や地域の民族が集まった多民族国家で、バリ語、ジャワ語など700程度の地方語があると言われており、共通語として国が定めたのがインドネシア語です。
人口のほぼ9割がイスラム教徒という世界一のイスラム教国ですが、中東に比べると戒律は比較的緩めと言われています。たとえば、女性は人前ではヒジャブを着けて頭髪を覆い隠すのがイスラム教徒の習わしですが、インドネシアではヒジャブを着用している女性は1〜2割ほどです。スーパーでも普通にビールなどが販売されており、豚は食べないがお酒は飲む、という人もいます。ただし年に一度、一か月間の断食期間(ラマダン)は、日中は水も飲まないというほど徹底しており、その間は経済生産性も落ちるなど、外資系企業にとっては頭の痛い面もあります。
また、ニッケルをはじめとする鉱物資源、石炭や天然ガスなどのエネルギー資源、天然ゴムやパーム油に代表される植物資源など、豊富な天然資源に恵まれているのも大きな特徴です。赤道直下の国なので農作物も育ちやすく、マンゴーやパパイヤなどの果物が豊富で、穀物も三毛作が可能など、何かあっても食うに困ることはないという安心感があり、緩やかで穏やかな国民性が培われてきました。ですから、インドネシアの人々は貯金をほとんどしないという人々もいます。昔からの「その日暮らし」が根付いているのです。
このように緩やかでのどかなイメージのあるインドネシアですが、一方でスマートフォンの普及が急速に進み、人々の生活にも大きな変化が出てきています。Googleの調査によれば、2013年はわずか14%だったスマホ利用率が2017年には60%にまで達しています。またインドネシア中央統計局の調べでは、2019年の100人当たりの利用台数が108台となっており、一人一台スマホを持つ時代になったといえます。
その背景にあるのが、インドネシア発のIT関連ユニコーン企業の躍進です。
2010年にナディム・マカリム氏(現インドネシア教育文化大臣)が創業したゴジェックは、配車サービスをはじめとする多彩なアプリサービスを展開するユニコーン企業で、ウーバーなどのビジネスモデルを参考にしながら、より現地のニーズに合わせたサービスを提供することで急成長しました。当時は若者が自分のバイクや車を使い、低料金で物や人を運んでいましたが、そうした若者たちにスマートフォンが普及し始めたこともあり、彼らに登録を促すことでマッチングサービスの利便性を向上させたのです。
また、2009年創業のトコペディアはインドネシア最大手のオンラインマーケットプレイスで、インドネシア国内に照準を絞り、地場の物流業者を利用して発送プロセスの簡易化を図るなどして、流通総額を伸ばしています。
このように、いまやインドネシアの人々にとってスマートフォンはなくてはならないものとなっています。「貯金はほとんどしない」という国民性もあり、インドネシアの大卒初任給(約5~6万円/月)とほぼ同額レベルのスマートフォンを2〜3年に1回は買い替えるという人もいます。以上のような状況を鑑みると、インドネシアではDX化がかなり進んでいるようにも見えますが、2019年にIT教育の充実を掲げて教育文化大臣に就任したマカリム氏やゴジェック幹部たちには、想定していたほどDXが浸透していないという思いもあるようです。
そもそもインドネシアというのは「遅々として進む」という特徴があり、20年以上前から内外でインドネシア経済の発展が期待され、GDPもどんどん伸びると言われていたにもかかわらず、その伸びは非常にゆっくりです。一般的な経済指標の一つとして、GDPが一人当たり3,000ドルを超えるとモータリゼーションが進む、つまり人々がどんどん車を購入するようになると言われていますが、インドネシアは10年前に一人当たりGDPが3,000ドルを超え、昨年時には3,900ドルになっているにもかかわらず、自動車の販売台数は年100万台程度と横ばいのままです(2020年はコロナの影響により53万台と半減)。
インドネシアの自動車販売市場は日系ブランドが9割以上を占めており、トヨタをはじめとする日系企業は「インドネシアもタイのような自動車大国になる」と期待して自動車生産工場の生産キャパシティを拡大し、7〜8年ほど前の時点で日系ブランド9社の工場全体で年200万台レベルの生産が可能となりました。にもかかわらず爆発的な伸びにはならなかった、つまり「遅々として進む」状態だったわけです。
同じようにDXに関しても、ゴジェックが期待していたようなスピードでは進んでいないというのが実情です。これにはインドネシア人が広大な島国の中で生活し、緩やかで気ままな国民性であることも影響しているのかもしれません。
そこで、ゴジェックはトコペディアとの経営統合により、さらなるDX推進へと舵を切ったのです。両社は経営統合すると発表、新会社GoTo Group(ゴートゥーグループ)を設立し、カーシェアリングやフィンテック、オンラインショッピング、配送など多岐にわたる事業を手がけると公表しています。新会社の評価額は180億ドル(約2兆円)と、インドネシアで過去最大規模の企業統合になる模様で、年内にインドネシアとアメリカに上場する計画もあるなど、インドネシア最大のインターネット企業が誕生することになります。
この経営統合には、隣国シンガポールのユニコーン企業との競争に勝つという狙いもあるようです。シンガポールにはシーというインターネット企業があり、オンラインゲームでの成功からEコマース、電子決済へと事業を多角化し、2017年にはニューヨーク証券取引所への上場を果たすなど、インドネシアにおいても存在感を高めつつあります。また、シンガポール発のグラブは配車アプリから飲食、ショッピング、電子決済など多彩なスーパーアプリへと拡大し、その使いやすさが圧倒的な支持を受け、インドネシア、タイ、ベトナムなど東南アジア8か国でサービスを展開しています。
このようなシンガポールの二大ユニコーンに食われないよう、ゴジェックとトコペディアの統合でシナジー効果を生み、さらには東南アジア全体を押さえていこうというのが、GoToの大きな狙いなのです。実はゴジェックは以前、ライバルのグラブとの合併交渉を進めていましたが、統合企業の持ち株比率等について合意に至らず、交渉が頓挫した経緯があります。今後は東南アジア市場でどこが覇権を握るかという勝負になってくるでしょう。トコペディアにはアリババ・グループ・ホールディングやソフトバンクグループが、ゴジェックにはグーグルが出資しており、間違いなく伸びてくるだろうと注目されています。
<福本大悟氏プロフィール>
東京大学卒。経営学修士。
三菱商事株式会社にて自動車ビジネスの海外事業に従事。東南アジアの子会社取締役(史上最年少の営業取締役)等として経営に携わった後、リスクマネジメント部にて全社レベルの投資案件に従事。空飛ぶクルマのスタートアップにて事業開発シニアマネージャーとして事業戦略全般を担う。起業活動を経た後、モビリティ関連スタートアップ・ディノーボ株式会社(Dinnovo,Inc.)設立、代表取締役社長就任