世界的にデジタル化が飛躍的に進む昨今、海外進出を視野に入れている日系IT企業は少なくありません。一方で、人的リソースや販路の課題、COVID-19のパンデミックによる不透明な先行きから、実際にグローバル展開をする企業は限られているのが現状です。
ビッグビートとBigbeat Bangkokでは、「日本のITソリューションでタイ・ASEANのデジタルトランスフォーメーションを加速させていく」という目的で、2019年より「JRIT」(Japan Recommend IT)を主宰してきました。そして、5月より新たなオンラインマーケットプレイス 「JRIT ICHI(市)」をオープンしました。なぜパンデミックがつづくこのタイミングなのか? ASEAN、しかもタイなのか? ビジネスマッチングではなくマーケットプレイスなのか? そうした様々な観点を含め、Bigbeat Bangkok CEO, Managing Director の金子秀明に話を伺いました。その背景には「日本のIT技術を海外に伝えたい」という想いと、「日本のIT産業にとって最後のチャンスかもしれない」という危機意識がありました。
日本人が知らない「タイ」のDXの伸びしろ
JRIT ICHI(市)のきっかけは2018年まで遡ります。この年、ドイツ発のIT見本市「CEBIT」がタイへ初進出しました。CEBITといえば2017年に安倍晋三首相が出席し、日本から多くの企業が参加したことで話題を呼んだ展示会です。タイのCEBITでも大手IT企業が少なからず出展していましたが、Bigbeat Bangkokの金子が主催者にヒアリングをしたところ、意外なことに
タイのユーザーは日本のIT企業や技術についてほとんど認知していないことがわかってきました。
「出展する日本のIT企業は、タイに進出している日系企業のみを相手しており、タイのユーザーと関係を築こうとしていない。認知されようがない状況だったことが明らかになりました。」(金子)
ところで、タイといえば近年、国家プロジェクトとして「
タイランド4.0」を掲げ、デジタルトランスフォーメーションによる産業構造の高度化を推進しています。
タイ工業連盟によると、タイ国内の企業のうち、デジタライゼーションが進んだ「タイランド4.0」を実現しつつあるのは全体のわずか2%ほど。ペーパーレス化などの一部デジタル化が導入されている「タイランド3.0」の企業も28%で、換言すれば、
タイの全企業の70%がデジタル化やDXの潜在的な伸びしろを秘めているといえるでしょう。
(出典:タイニュースサイト「THE BANGKOK INGSIGHT」より | https://www.thebangkokinsight.com/news/digital-economy/55382/)
また、ASEAN全体では2025年までに世界の5大テクノロジー市場になるとも言われています。だからこそ今、日本のIT企業はタイ・ASEANへ目を向け、市場を取りに行くチャンスではないかと考えられるのです。
こうした背景から、2019年のCEBIT ASEAN Thailand の中で、タイのユーザー向けに日本のITソリューションを伝えるパビリオンとして、JRIT(Japan Recommend IT)の名称でプロジェクトを立ち上げました。その後も3年にわたって、様々な展示会のパビリオンやオンラインイベントの形式でJRITの活動を続ける中で、明らかになったことがありました。
「展示会やイベントの形では、一度は訪れても二度も三度も訪れることはなく、
認知はしてもらえても理解までは至ってもらえません。そこで
単発のイベントではない、市のようなマーケットプレイスがオンラインに必要だ。こうした想いから『JRIT ICHI(市)』はうまれました」(金子)
タイに限らず、ASEAN諸国には多くの「
市場」があります。そこには人が集まり、売買だけでなく
情報交換をするコミュニティとしての機能も。こうしたコミュニティの場こそ、認知から理解へ進むために必須となってきます。
JRIT ICHI(市)と名付けられた背景には、タイやASEAN諸国に向けて日本のITソリューションを紹介するという役割はもちろん、コミュニティとしての「市場」への想いが込められていました。
ASEANの中で今「タイ」が選ばれる理由
そもそも、「海外」とひとくくりにしていますが、欧米や中国もある中で、なぜASEAN?しかもタイなのでしょうか?
「ASEANの主要5カ国(インドネシア、フィリピン、マレーシア、タイ、ベトナム)は今大きなマーケットとして注目されています。中でも、ITソリューションが活用される一番の産業である
製造業の盛んな国がタイとベトナムです。とりわけタイは地理的に見ても
ASEAN諸国のハブ的な位置にありアクセスが便利なこと、政府による『タイランド4.0』の支援もあり、
ASEANのDXの中心となる国になっていくでしょう。」(金子)
もしかしたら、その先進的なイメージから「シンガポール」を候補に考える方もいるかもしれませんが、肝心の製造業が少なく、デジタルトランスフォーメーションの機会が限られているのです。人口も約550万人という規模。一方、タイは10倍以上の約7000万人で、人口からもタイの潜在的な国力がうかがえます。ASEANの中でも有数の親日国である点も、海外展開を考える日本IT企業の障壁を下げる要素となるでしょう。
どこでつまづく? 海外進出の課題
政府からの支援や、ITソリューションと相性の良い製造業の充実、人口や土地の利といった観点から、ここまでタイのDXの可能性を見てきました。これだけのポテンシャルを秘めながら、
タイに進出している日本のIT企業は200社程度にとどまっているといいます。タイへのグローバル展開が進まない背景として「
営業力だけに重きを置いてしまっているからではないか」と金子は話しました。
「海外進出を考えるとき、日本のIT企業の場合、まずは営業力が重要だと考えて現地ビジネスを取り仕切る営業を派遣するなど、
売るための手段から考え始める企業が多いように感じます。しかし、その場合はどうしても営業のしやすさから在タイの日系企業中心に偏ってしまい、限られた範囲の中で取り合いになってしまうのです。一方で、海外進出に成功している欧米のグローバルIT企業は、
まずマーケティングから入り、現地の状態を理解して選ばれるための仕組みづくりに投資します。ここに大きな違いがあるでしょう。」(金子)
タイと日本をつなぐビジネスマッチングのサービス・イベントはすでにありますが、ニーズを調べたり、テストマーケティングをするための場はほとんどありません。その分、マーケティングのためのプラットフォームであるJRIT ICHI(市)には期待が込められています。
また、「デジタル化」によって、コミュニケーションツールの活用の仕方が変わってきたことも見落とせません。
「一例を挙げると、日本では想像しにくいかもしれませんが、ASEANにおいてFacebookは必須ツールです。見込み顧客へのターゲティングもFacebookが活用されており、またメッセンジャーによる簡単な問い合わせが最終的に案件につながることも珍しくありません。タイでのコミュニティづくりにおいては、Facebookのグループページも対話のメディアとしていかさない手はありませんね。」(金子)
海外進出の前にオンライン上でテストマーケティングを
それでは具体的に「JRIT ICHI(市)」は、どのような場になるのでしょうか。
一言でいえば、来場者であるタイの企業にとっては対話と課題解決ができる「マーケット・プレイス」であり、日本のIT企業にとっては現地の生の声を知ることとソリューション提供ができる「マーケティング・プレイス」となる場。そうしたオンライン上のコミュニティが JRIT ICHI(市)といえるでしょう。
「JRIT ICHI(市)のメインサイトでは、定期的なウェビナー配信をしています。コンテンツについても、タイでキーワードとなっている『Smart Factory』や『SaaS活用によるDX』など、テーマをセグメントしながら、旬な情報を提供していきます。」(金子)
また、タイのローカル企業のCEOやCIOを招き、DXに取り組みや課題をフランクに会話するトークセッションも企画中です。その他にも様々な関係づくりを通してオンライン上で「市」がより活性化していくことを想定しており、例えばその一つとして、タイの財閥を集めてのスタートアップ企業向けのコミュニケーションの機会も視野に入れているといいます。
「『海外進出をしたいが人的リソースもお金も限られている』という企業こそ、海外進出の具体的な手続きを調べる前に、まずはJRIT ICHI(市)を活用して欲しいと思っています。ビジネスマッチングを活用するにしても、まずは自分たちが何をやっていて興味を持ってもらえるのかを、オンライン上でテストマーケティングをするのがよいのではないでしょうか。」(金子)
タイのデジタル化の伸びしろは、日本のIT産業の未来にとって重要なターニングポイントとなっています。また、海外進出をするからといって、必ずしも現地へ出向いて視察をする必要はなくなりつつあります。日本にいながらコミュニケーションを取ったり、マーケティングで選ばれるための仕組みづくりを進めることができるのです。
COVID-19のパンデミックと共にDXが急速に進みつつある今を、どうとらえるのか。
JRIT ICHI(市)も一つの手段として、タイやASEAN諸国のマーケットにあらためて目を向けてみるいい機会なのかもしれません。