海外への進出には「外資規制」の壁が立ちはだかりますが、インドネシアでは2020年施行の「オムニバス法(雇用創出に関する法律2020年11号)」及び翌年施行された大統領規則によって外資企業への市場開放が大きく前進しました。2020年以前に比べて外資100%での参入が可能な分野が飛躍的に広がったものの、サービス内容によっては個別ライセンスを獲得しなくてはならないなど、細かいチェックや確認作業が不可欠です。
本記事では、ASEANなどの法務に特化した「One Asia Lawyers」のインドネシアオフィスで、企業法務を手がける
馬居光二弁護士に取材した内容を紹介します。インドネシアの外資規制に関する法律やライセンス、その他留意事項、今後の規制緩和、進出前に確認すべきポイントなどを語っていただきます。
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<馬居光二氏プロフィール>
弁護士(日本)
日本の法律事務所で7年間、一般民事、刑事事件から企業法務まで幅広い分野の案件を扱った後、シンガポール経営大学大学院(CROSS-BORDER BUSINESS AND FINACE LAW IN ASIA)へ留学、東南アジアにおけるビジネス法を学ぶ。現在はインドネシアに駐在して、アジア法務に関するアドバイスを提供している。
(One Asia Lawyers公式サイト:
https://oneasia.legal/)
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「オムニバス法」により進出要件は拡大も事業別ライセンスが必要
― 最初に馬居さんがインドネシアで手がけている業務について教えてください
馬居さん:
日系企業を中心に、最新の法令の規制や改正を踏まえた現地進出戦略の策定やリーガルフォロー、M&Aなどを担当。進出後の契約や労務、法務、各種コンプライアンスなどのサポート業務にも携わっています。
― ASEANへの進出を検討するIT系企業のハードルとなる「外資規制」について、インドネシアの規制概要を教えてください。
馬居さん:
インドネシアでは現在のジョコウィ大統領の強い意向のもと、外資投入や起業を促し、さらなる雇用創出を主目的とした
「オムニバス法(雇用創出に関する法律2020年11号)」が2020年に施行されました。投資やビジネスに関連する既存の様々な法令を見直し、ひとまとめにすることで手続きの簡素化につなげようというものです。この法改正と施行規則によって、IT系企業にも進出への入り口が広く開かれたといえます。
インドネシアには中央統計局が公表している事業ごとに割り振られた5桁の「KBLIコード(標準産業分類コード)」というものがあり、コード別に事業ライセンスを取得するよう求められています。たとえば「デジタルプラットフォーム」(63122)というコードの中には、多くの日本企業が行っている検索エンジンやマッチングサイトなどの事業が含まれています。以前は原則として49%までしか出資が許されていませんでした。ところが2020年に投資を呼び込むためにオムニバス法が施行され、その施行規則である大統領規則によって規制が緩和されたことで、100%までの出資が可能となったのです。
IT系企業にとっては進出の要件が広がったと言えますが、やはり事業内容によって外資規制が定められています。例えば、ECについては中小のローカル企業でないと多くの分野で規制がかかり、食品や化粧品などは現地100%の資本に限られますので、外資企業によるM&Aもできません。また、フィンテックなどは上記大統領令で定められたネガティブリストとは別に、金融庁や中央銀行局による個別の規制があり、外資は85%までというように、事業ごとに細かく定められています。
SaaS分野の多くは外資100%の出資が可能
― SaaS企業についてはいかがでしょうか。
馬居さん:
前述の「デジタルプラットフォーム」も含め、現在IT系には広く市場が開かれているので、HRやMAツールなどを扱うSaaS企業については、かなり
多くの外資企業が100%まで出資できる状態となっています。ただし、その場合も、具体的にどのようなサービスなのかを確定させたうえで、KBLIコードの中からその事業分野を1つ1つ探してライセンスを取得するという作業が必要となります。
つまり、インドネシアの外資規制はIT系という広い括りで定められているわけではなく、各事業内容やサービスごとに細かく分かれて規定されているということです。そのため進出にあたっては、どういう事業やサービスをするのかを確定した上で、その内容に適したKBLIコードを選定し、KBLIコードごとに定められたライセンスを取得しなくてはなりません。KBLIコードはとても細かく分かれており、場合によっては投資調整庁に確認する必要もあるので、その段階で現地の法律事務所に相談するケースが多いようです。
新会社設立時は最低100億ルピアの「最低投資額」が必要
― インドネシアで外資が投資する場合、「最低投資額」は定められていますか?
馬居さん:
はい、投資調整庁の規則により外資企業を対象とする「最低投資額」に該当する決まりが2種類定められています。
1つは、
KBLIコードごとに、最低100億ルピア(約9,000万円)の投資が必要となるというものです。こちらは原則として事業開始後1年以内条件を満たす必要があります。また、この金額の根拠について、一番わかりやすいのは株式として出資することですが、その他の要素も含めて、国内経済を活性化するための出資である必要があります。
もう1つは、2021年に新たに定められた
「最低払込済資本金規制」で、会社の設立段階で株主となる者は最低100億ルピア分の株式を引受け、これを会社に払い込んでくださいというものです。以前は設立時授権資本の4分の1の金額でよかったのが、2021年からは外資企業にとってかなりハードルが上がりました。この最低払込済資本金規制は原則として新会社の設立を対象とした規制ですが、たとえばM&Aによって国内資本100%だった会社が国外資本に変更された場合等にも適用される可能性があります。この点については法文上必ずしも明確ではなく、これらの判断は、あくまでも投資調整庁の裁量によるというのが現状です。
外資企業の事業ライセンスは、以前は自社が行う分野に必要なライセンスを該当する各省庁に申請する形でした。しかし、現在はすべてOSSシステムというオンラインシステムを通じて行うように変わり、必要書類のアップロードから申請までがこのシステム上で完結します。
現在のジョコウィ大統領は民間出身で、当選時から外資誘致の推進を掲げ、実際、同大統領肝いりの法律であるオムニバス法及びその施行規則によって、とても広い分野が外資企業に開放されました。一方で、インドネシア国内では労働組合等の反対も多く、上記最低払込済資本金規制は、上記オムニバス法による規制緩和の揺り返しともいわれています。もっとも、基本的には投資調整庁も外資への市場解放を進めている姿勢であり、規制レベルの話なので、最低投資額については今後変わっていく可能性があるかもしれません。実際私の方で確認できる限りですが、投資調整庁が外資企業を厳しく取り締まるとか事業ライセンスを取り上げようとしている印象はありません。
IT系の事業分野もプライオリティリストで政府が支援
― 外資の参入を政府がサポートしてくれる施策などはありますか?
馬居さん:
政府のサポート施策については、外資誘致の促進という考えのもと、ネガティブリストとは反対の
「プライオリティリスト」が2021年に新たに定められました。一定の事業分野については投資優先分野としてインセンティブを与えてサポートしていくもので、具体的にはこのようなインセンティブを付与するKBLIのリストが作成されています。これら優先事業分野に該当する事業については財政的インセンティブ(税制面での優遇等)と非財政的インセンティブ(支援インフラの提供等)が与えられるとされています。
例えば、IT分野では
アプリ開発やコンピュータプログラミング、ゲーム開発などがプライオリティリストに記載されています。世界的に拡大しているこういったITやDXの分野に関しては国内企業のレベルが必ずしも高くないこともあり、外資企業を優遇して誘致したいという政府の意向が働いていると考えられます。
電子システム事業者には事務所設置やBtoC法規制などのハードルも
― 進出にあたり外資規制以外のハードルがあれば教えてください。
馬居さん:
外資の進出のハードルについては、大きく3つあり、1つはこれまで説明したような
外資規制です。2つ目は
事業ライセンスで、OSSシステムで事業ごとに決められた事業ライセンスの取得が不可欠となっています。以前は省庁ごとに規制が定められ、それぞれを確認の上で、別途申請が必要でしたが、現在はKBLIコードごとにその事業が持つリスク等を基準に必要なライセンスが定められており、OSS上で取得申請が可能となっています。
3つ目は、
電子システムを提供する事業者を対象にした規制です。インドネシアでは、電子情報を処理するように機能する一連の電子デバイスおよび手順を「電子システム」と規定し、これを提供する事業者を「電子システムオペレーター」として利用者の個人情報を取得する際のインドネシア語での同意取得義務や国外移転の際に省庁への報告、調整を行う義務、個人情報保護に不備があった場合の本人への通知義務、苦情窓口の設置義務など様々なBtoC規制を課しています。例えば、越境ECなどが盛んになっている現在、インターネット事業やWEBサイトなどを手がける事業者は、いずれもこの「電子システムオペレーター」に該当し、上記のような規制の対象となると考えられます。
また、最近のホットな話題としては、国内で事業を行う電子システムオペレーターだけでなく、
国外からインドネシアへのアプリ提供についても、インドネシア国内で登録するという縛りができたことです。登録していない事業者が回線接続を遮断されてしまうという初めての事例が最近ありましたので、これからは海外電子システムオペレーターの登録規制が強まっていく可能性があります。
これらのハードルに加えて2020年からは、
年間1,000件のネット取引実績があった外資企業等は、インドネシア内に駐在員事務所を設置することが必須となりました。外資企業を監督するという建前ですが、実際はコロナで政府の税収が厳しくなったこともあり、課税目的ではないかともいわれています。
労働法など従業員関連規制についてはアジアの中で最も厳しいといわれており、シンガポール等に比べれば、非常に厳しい解雇規制が敷かれています。他方で、日本もかなり解雇規制が厳しい国ですので、日本と比べた場合には大きな違和感はないように思います。ただ、労働力が多いにも関わらず流動性が激しく、すぐに転職してしまうため、
優秀な人材を確保しておくのはなかなか難しく、賃金もマネージャークラスを含め上昇しています。一方で、かつては最低賃金の上昇率が毎年30%と途方もなかったのですが、ジョコウィ大統領就任後の近年は8%程度となっています。さらに、最低賃金についてはオムニバス法で計算方法に関する制限を行っています。同制限については労働組合等からの反発も強いところ、上昇率の引下げがどこまで上手くいくかが引続き注目されています。
東南アジア最多の人口を抱える市場規模は大きな魅力
― 今後進出を検討する市場として、インドネシアの優位性についてお聞かせください。
馬居さん:
今後、進出しやすい国になるかどうかについての見通しですが、緩やかではあるものの、民主化以降は外資に対して市場は緩和されてきました。さらにオムニバス法はとても大きな改革であり、現大統領の方針が続く限り市場は引き続き開かれていくと思います。スタートアップについても、先ほど触れたようにプライオリティリストなどによる優遇措置があり、市場開放は続くと思われます。
さらにインドネシア市場最大の優位性や魅力は、およそ2億7,000万人と
東南アジア最多の人口を抱えていること。それだけサービスを利用するユーザー数が多いということで、進出や起業には有利です。スマホ普及率やEC利用への意欲も極めて高く、これらサービスに関わる決済についても様々な手段のフィンテック事業が拡大しています。
特にテクノロジー分野では日本企業への信頼が極めて厚いため、進出が果たせれば、その後事業を展開していく上で優位性は高いでしょう。SaaSも含めIT系については市場がかなり開かれているので、ECやフィンテックのように規制が強い事業は慎重に検討するなど注意すべき点を押さえていけば、ITやDXは進出しやすい分野といえます。
― 最新の外資規制を確認できるサイトがあれば教えていただけますか。
馬居さん:
やはり投資調整庁が管理する公式のOSSシステムサイトが信頼できます。インドネシア語ですがこの中で外資規制も定められており、進出を考えている事業分野を選べばKBLIコードや必要な事業ライセンスを個別に確認することができます。
<参照URL>
投資調整庁公式サイト https://oss.go.id/
投資調整庁日本事務所 http://www.bkpm-jpn.com/ja/
JETROサイト https://www.jetro.go.jp/world/asia/idn/invest_02.html
JICAサイト https://www.jica.go.jp/priv_partner/activities/sme/index.html