2016年からマルコメタイランド社長としてバンコクに駐在している山本 佳寛 さんは、2013年に伊藤園タイランドの設立を担当し、バンコクにMDとして駐在。無糖茶市場を開拓してきた実績があります。マルコメタイランドでは、「発酵らぼ」という常設店舗を構え、長野県とタイアップして発酵食品を中心に展開。一方「KOJI BIJIN Cafe by marukome」というカフェでは主力製品の一つである「甘酒」を気軽に楽しめる場所を提供するなど、現地浸透を心がけたビジネスモデルを展開しています。そんなアイディアを形にしてきた山本さんに、タイの魅力やビジネスについて伺いました。
前職からタイでの暮らしをされていたとのことですが、なぜタイで働こうと思われたのでしょうか?
山本さん:
たまたま、です。(笑)
雇われの身なので、行けと言われればどこにでも行きます。前職では、海外の新しい市場を探す任務で、英語圏以外の全世界を任されていました。その中で、世界展開の市場を絞ったときに、様々な条件が重なりたまたまタイに進出することになりました。ただ、若いころから日本を飛び出したい、という思いは強く持っていました。私の世代は、バブルが弾けた後に学生時代を迎えているので、日本にいてもしょうがないよね、という思いが強いのだと思います。新しいものをどんどんやっていきたい、観ていきたい、変えていきたい、という世代です。そうした世代感の中で、私は「日本の食文化を世界に伝えていきたい」という想いで就職活動をしてきました。そして、前職でタイにくるきっかけを得ました。
Marukome(Thailand) Co., Ltd. Managing Director 山本 佳寛 さん
タイで長く暮らされている中で感じた生活や経済感、文化の違いなどはありましたか?
またタイ(海外)で暮らしていく中でのコツなどはありますか?
山本さん:
私はまだタイで9年目です。
この国には、20年30年と暮らしている日本人が数多くいます。ですので、10年越えてやっと一人前だと思います。現地に根差した日本人も多いので、日本人会などのコミュニティも整っています。ただ、いまはSNSを活用して多くの情報が得られます。ですが、ネットを流れる情報の中には、デマや詐欺まがいの情報もあるので、日本人のコミュニティやグループに所属しておくと、正しい情報を確かめられるメリットもあります。
一方で、仕事のグループとは別にゴルフや呑み仲間とのコミュニケーションも大切にしています。日本では、同業者や立場の違う人たちと呑んだり遊んだりする機会はほとんどありませんが、タイはオープンでフラットな人間関係が築けるので、個人と個人としての付き合いに多くの時間を割いています。特に、海外に駐在する日本人の多くは、感覚や意識が高いので私自身にとっても、そういう人たちとの交流には多くの刺激や学びがあります。
カフェなどの新しい事業へのアイデアはどうやって考えるのですか?チームですか、おひとりですか?
山本さん:
事業のアイデアはいつの間にか浮かんできます。
昔から、動きながら考えるタイプなので、通常の仕事でも2~3個を同時にこなしています。プライベートでも、呑みながら本を読むなど、一つのことに真剣に取り組んで考えるよりも、自分にとって適度に動いたり考えたりしているときの方が、アイデアが閃きます。たまに、仕事中にアイデアを詰めることもありますが、その多くはプライベートのときに考えたものが戻ってきたものです。なので、プライベートが充実しないと、仕事もスムーズにこなせないと感じています。
Marukome(Thailand)が運営するカフェ
タイで事業を邁進されていく中で、最も泣いたこと/笑ったこと/困ったことはそれぞれどんなことですか?
山本さん:
感動で涙するとか、まだそんな次元ではないですね。
理想が高いので、まだ誰かに自慢できるほど、なにかを成しえたと思っていません。前職で手がけた商品は、まだタイの販売店の棚に並んでいるので、そういう光景を目にするのは嬉しいですが、その商品そのものを自分で開発したわけではないので、本当の感動はもっと先にとっておきます。ただ、やりたいことはどんどん出てくるので、何か一つクリアしても、エンドレスにゴールが遠ざかっている気はします。
笑ったことや困ったことは、どうでしょうか。
山本さん:
楽しいことといえば、アフター5ですね。何年か前に、仕事とプライベートを切り分けて、定時には退社していろんな人と会う時間を大切にするようにしてから、アフター5が楽しくなりました。特に、いい人と出会えたときは楽しいですね。反対に、困ったことは毎日です。(笑)
タイだからというのではなく、マネジメントとして困ることは沢山あります。ただそれが、日本よりも程度が大きくて、受けるダメージも大きいのです。仕事の進め方とか、営業の仕方や物事の進め方など、日本とは違うので、そこの部分をどこまでタイの従業員に教育するかは、大きな悩みです。
タイでのビジネスに挑戦していく中で、山本さんご自身が最も苦労されたことはなんですか?それをどう乗り越えられたのか教えてください。
山本さん:
タイ人のスタッフに、営業という仕事をどのように理解してもらうのかが、大きな苦労ですね。日本のやり方をそのままタイで実践することは、まったく考えていません。あくまで参考と捉えて、それをタイ人スタッフにどう伝えればよいのかを悩んできました。
例えば、国籍問わず20代で入社した社員が1年2年3年と営業の仕事を担当しても、営業のプロとは言えません。最初から全部教えようとしないで、必要に応じて必要な人に適切に教えるように心がけています。それでも、営業レベルに加えて、文化の違いを補正しないといけないので、その感覚は難しいです。
タイは女性が非常に活躍する国とお聞きしましたが、タイで働く女性たちの考え方などで何か山本さんご自身が感銘を受けた考えや行動などはありますか?
山本さん:
優秀なスタッフで事業を推進したい思いはもちろんですが、そうすると採用する社員のほとんどが女性になります。それほど、タイでは女性の能力が優れています。国の政策もあって、タイは女性の大学進学率が高く、社会に出てもキャリアを形成する女性が多いので、100人の求人をかけると80~90人は女性が採用されます。女性が社会進出しやすい国なので、営業や事務職だけではなく、工事現場や警備員などでも活躍しています。
ただ、100%女性だけにしてしまうと、男女平等な見解での判断ができなくなるので、当社でも1名だけ営業に男性がいます。
時間を巻き戻してもう一度ゼロからチャレンジするとしたら、どんなサポート、どんな環境があるとよいですか?また、こんなことをしたらよかった、など振り返って思うことはありますか?
山本さん:
ないですね。(笑)
人が欲しいとか、資金がほしいとか、言い出したらきりがないです。この質問の答えが思いつかないのは、自分が今まで恵まれていたからかも知れません。その恵まれた立場から考えると、多くの海外進出企業に見られるある現象が気になります。それは、責任だけ現地担当者に押し付けて、決裁権は日本にある、というものです。現地担当者にも責任だけでなくある程度の決裁権を与えてあげるべきだと思っています。そうすることで責任感が増し、新しいことへチャレンジする意欲が湧いてくるのではないでしょうか。
「変化を楽しむ」ことがタイビジネス成功の秘訣とのことですが、山本さん自身が体験して最も変化を感じたことはなんですか?タイビジネスへの挑戦の前後でご自身に何か変化はありましたか?
山本さん:
日本では、金曜日と土曜日しか呑まなかったのですが、タイでは毎日吞むようになりました。
もっとも、基本的に家では吞まないので現在はほとんど吞んでいませんが、コロナ禍前は毎日どこかの飲食店にいました。
プライベートで呑んでいると、当然仕事に関係のない話がほとんどですが、その中からヒントを得ることも多く、互いにプラスの反応を示すような人と出会えます。そうした人脈作りが、タイでのビジネスにはプラスになっていると思います。
タイ・ASEANの魅力をひとことで表現するとしたら、どのような言葉を思いつきますか。
山本さん:
毎日が違うからこそ楽しい、でしょうか。
本当にタイでは毎日様々なことが起こります。今日(※)も、4時くらいから当社の近くでデモがあるという情報が入り、出社していた社員を早く帰しました。こうした変化をマイナスに感じていたらきりがありません。かといって、柳のように受け流せばいいわけではありません。毎日の変化を受け止めて、それをプラスで返すような、合気道のような生き方がいいと思います。陽気に鈍感になる。そのくらいの気持ちで、何事もプラスに考えていく人が、タイには向いていると思います。(※取材当日の9月某日)
めまぐるしく変わるタイの日常の中で、変化を楽しみながら仕事をする。そして人と人との繋がりを大切にプライベートも思い切り楽しむ。
常に前向きに挑戦をし続けている山本さんの姿がそこにはありました。