日本と海外ではそのビジネススタイルや文化が想像以上に異なります。グローバル展開をする日系企業の直面する課題の一つが、こうした国ごとの相違からいかに新たな価値創造ができるかと言えるでしょう。
そこでBigbeat LIVE ASEAN vol.03 Sesson6にお招きしたのが、Sansan Global Pte. Ltd. Global Strategy Directorの池西亮さんです。Sansan社といえば、日本では知らない人はいないほど認知されており、提供している法人向けクラウド名刺管理サービスは世界60カ国以上で利用されています。ただ、そこに至るまでにはさまざまな苦労や試みがあったといいます。池西さんから、そうした試行錯誤だけでなく、コロナインパクトを受けてからの事業方針転換のこと、さらには「ASEANに特化したイノベーションプラットフォーム」としてこの10月に新たに創設の「JSIP」について、お話を伺いました。
・社員の全員が必ずしも名刺をつくらない。 (例:インドでは新卒社員は名刺を作らず、顧客折衝頻度が高い社員や一定のタイトルになった人のみが名刺を作る) ・名刺以外のSNSが活用されている。 (国や業界によって異なるが、LinkedInなどの活用頻度は日本より高い) |
実際にASEANへのグローバル展開を始めたSansan社ですが、実際にビジネスを始めてみると主に2つの課題にぶつかったと池西さんは語ります。
1つは、Sansan社のターゲットである「企業」へなかなかリーチできないこと。日本では「営業力を強くする」というマーケティングメッセージで企業へのサービス提供ができていましたが、海外で「営業力」というメッセージでは個人からの問い合わせが集中してしまったのだそうです。
「多くの企業、特に外資系企業は縦型の構造になっており、横の連携が取れていません。オープンイノベーションや新規事業が勃興する中で、横のつながりを可視化するバリューは上がっています。こうした横のつながりの価値を理解してもらった上で、自社サービスによってどれだけホリゾンタルなつながりを可視化・活用し、新たな価値創造ができるのかを伝えることが大切です」(池西さん)
2つ目は、名刺のデータ化において、精度よりもスピードのニーズが多かったこと。日本では精度へのニーズが多く、「Sansan」は日本語・英語で99.9%の精度保証を謳っています。一方で、海外ではスキャンしたらすぐにメールを送れるようにしてほしいというリクエストが強かったといいます。
「こうしたリクエストを踏まえてサービスのデータ化プロセスを変更しました。OCRでスキャンしたらそのデータを一旦すぐ返してメール送信などに活用いただき、その後で99.9%の精度を担保するフローを流すように変えたのです」(池西さん)
※「Sansan」サービスの海外での利用状況。各国ごとのリクエストやニーズを踏まえたビジネス展開により、60を超える国がサービスを利用している。
こうした課題への取り組みに加え、Sansan社では各国での認知度向上のために広報PRを重視しており、テレビ取材やラジオ出演のほか、Covid-19の前には展示会などのオフラインイベントでのブース出展や講演に力を入れていたそうです。
ここまでの話を聞く限りは順調にグローバル展開を進めてきたように思えるSansan社ですが、そのプロセスでは成功ばかりではなかったそうです。
例えば、海外のトレンドに合わせた機能を盛り込んだあるサービスは、失敗に終わったと池西さんはいいます。
「このサービスは現状の『Sansan』を簡素化したようなもので、営業を介さずにオンラインだけで申込ができ、カスタマーサクセスが並走しなくても使えるというものです。東南アジアや海外にとっては、そちらの方がビジネストレンドとしてフィットするものと思われましたが、そもそも、名刺を社内でシェアすることの価値が十分に浸透していないアジアでは、具体的な利用シーンやベネフィットを伝え切ることがオンラインだけでは十分にできなかったこともあり、全くうまくいきませんでした」(池西さん)
こうした試行錯誤を経て、機能だけでなく、組織やユーザーにとってそのサービスがなぜバリューにつながるのかを、類似サービスが浸透していないマーケットにおいては(日本よりも)細かく丁寧に説明しないと価値が生まれないという気づきがあったと池西さんは振り返ります。
そこで、数年前に日本と同様のサービスを東南アジアでも提供する決定して舵を切って以降、Sansan社ではカスタマーサクセス部門のメンバーを採用し、コミュニケーションのボリュームを増やせる体制にシフトしたとのこと。このコロナ禍においも、パンデミックをリモート環境でどれだけサービスの価値を発揮できるかを考える機会と捉え、次のような自社サービスのバリュー提供や価値の再創造をおこなってきたといいます。
・コロナ禍でリアルの名刺のボリュームは減ったものの、オンライン上でのお客様との情報交換や接点は増加。そこでオンライン上でのコンタクト情報も、名刺と同じようにデータベースに格納する機能を実装。 ・タイをはじめ東南アジアでは、政府からの厳しいロックダウンによりリモートワークが強いられる中、名刺情報を活用できるようオフィスの名刺を一気にスキャンしデータ化するお客様が続出した。そうしたニーズに合わせ、サービスを提供。 ・オンライン名刺を機能として追加実装。オンライン上でも名刺交換ができるだけでなく、生成できるオンライン名刺リンクをカレンダーに貼り付けるなどして、ミーティングを実施する前に、顧客情報を確認及び名刺交換も可能に。 ・ウェビナーが主流になったため、接点もったお客様とのコンタクトのために名刺情報を含む顧客情報を一元管理したいという問い合わせが増加。クラウドでの名刺管理・顧客管理の価値がより高まった。 |
このように、Sansan社は名刺の概念をコロナ禍に合わせて再定義をし、機能を充実されるだけでなく、「新たな名刺文化」とも呼べるバリューを醸成してきています。
さらに昨年からは「Bill One」というクラウド請求書受領サービスの提供もスタートし、すでにお客様から高い評価を受けているといいます。
「『Sansan=名刺管理を軸としたサービス』という印象を持たれるかもしれませんが、実際のところは名刺にこだわっていません。『Bill One』は、請求書を『ビジネスが生まれているお客様との接点』と捉え、データ化します。このサービスによって、実際にビジネスが生まれて売上が出た全ての顧客接点を整理ができるようになります。こうした価値を、東南アジアでもマーケットフィットする形にチューニングして展開していきたいと考えています」(池西さん)
東南アジアではいまだに紙での請求書のやりとりも残っており、その管理に難儀している企業も少なくありません。ただ、IT化が進んでいないASEAN企業にとっては、いきなり導入するのは難しいのではないでしょうか? この問いに対し、池西さんは次のように回答します。
「Bill Oneの特徴の一つに、紙やPDFなどあらゆる請求書をSansan社が代わりに受ける機能があります。これは『我々の住所をお客様に渡して、この住所へ送ってください。そうすればデータ化を代行します』というもの。つまり、ITリテラシーを問わずどの企業でも導入することができます」(池西さん)
このようにして、Sansan社は名刺だけでなく請求書などのデータ化サービスなどを通じても企業のDX化の貢献をつづけています。
さらにSansan社では、池西さんが発起人となり2021年10月に「JSIP(Japan Southeast Asia Innovation Platform)」というASEANに特化したイノベーションプラットフォームの立ち上げに関わっています。なぜ池西さんはこのような取り組みを始めたのでしょうか?
池西さんによると、インド駐在中のとある大手企業の担当者の言葉が原体験になったといいます。
その言葉とは、「日系企業から表敬訪問を受けることが多くあるが、中華系や韓国系と比較すると情報交換やコミュニケーションの粒度、スピードともに劣ると感じる部分がある」というものです。
池西さん自身、シンガポールでSansanサービスを活用した新規事業支援をつづける中で、日本企業に比べてローカル企業の方が新規事業の推進速度が長けていると実感したとのこと。
「非日系企業の中には、営業時に、サービス導入をその場で上席者に電話確認して、即時判断する場面もありました。スピードが圧倒的に違います」(池西さん)
これらの体験から、日系企業のASEAN進出をサポートするプラットフォーム「JSIP」創設への取り組みを始めたといいます。
JSIPでは、新しいビジネスをやろうとしたとき必須の三要素として「情報」「ネットワーク」、それらを通じて出てきたアイデアの「実践機会」を挙げており、情報収集だけでも多くの企業が一年以上かかっているのが現状です。また、既存事業をやりながら新規事業をやっている企業も多く、繁忙期になると新規事業がストップすることも珍しくありません。
ASEAN展開をひかえた日本の経営者やマーケターにとって朗報となる「JSIP」ですが、具体的にはどのようなサポートが受けられるのでしょうか。
「JSIPではたとえばFintechやモビリティならここをおさえておけばいいという『情報』をまとめて提供しています。また『インドネシアのロジスティクスについては誰に聞けば解像度高く情報収集できるのか』といったケースでも、JSIPに相談すればそうした人材を紹介できます(=『ネットワーク』)。このようにして、新規事業の立ち上がりスピードがあがり国際競争力が高まり、日系企業がより多くの価値創造や価値提供ができるよう支援していきたいと考えています」(池西さん)
JSIPは今後、オフラインでの情報提供ではなくウェブプラットフォームとオンラインコミュニティのハイブリッドで価値提供することで、日本企業のASEAN進出を支えていく基盤となっていくことでしょう。
最後に ASEAN進出を検討されている経営者やマーケターへメッセージをいただきました。
「自分への戒めでもありますが、海外進出をするときに日本の延長線上で考えるのは危険。海外進出をしてきた先人の方々がトライしたことを掻い摘むだけでも、どう事業を推進するかのベクトルや羅針盤の肉付けの参考となるはずです。
我々は数年ではありますがみなさんより先にASEANに進出している分、有益な情報をシェアできれば嬉しいですし、ASEAN展開の際に我々のサービスが貢献できるならば、それ以上の喜びはありません」(池西さん)