【タイDX特集】タイDXの現状シリーズ|コロナ禍が演出したタイのデジタルトランスフォメーション | ピリピリ 東南アジア進出をサポート!
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【タイDX特集】タイDXの現状シリーズ|コロナ禍が演出したタイのデジタルトランスフォメーション

タイでは今、あらゆる産業へのデジタルトランスフォメーション(DX)の導入が事実上の国家プロジェクトとして進行をしている。その原点は、プラユット前政権が2015年に打ち出した長期経済発展計画「タイランド4.0」。

今後20年間でデジタル立国化を目指すという国家戦略だった。クーデターなどの政変が相次いだ2006年以降の10年間でタイの経済成長は混迷を究め、年平均のGDP成長率は東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国中最も低い3%台前半にまで落ち込んでいた。まさに待ったなしの状態。その活路をデジタル化に求め、高付加価値な産業を持続的に創造していこうという絵図だった。本連載では、タイ企業・タイ起業家らがどのようにDX導入の必要性を痛感し、奮闘していったかを描く。

 

デジタル立国目指すタイランド4.0

1.50――。タイで急激に進む少子高齢化。タイランド4.0が提唱された15年当時、タイの合計特殊出生率はここまで低下をしていた。人口が安定的に推移するとされる2.1を1991年時点ですでに下回り、中所得国の中では異例の少子化に政府は悩みを抱えていた。生産年齢人口(15~64歳)も19年から減少に転じることが判明していた。65歳以上の高齢者は22年には14%を超え、「高齢社会」が到来することも確実視されていた。

こうした中で、暫定軍事政権が目指したのがデジタル立国だった。農村社会と家内工業を柱とする戦前のタイランド1.0に始まり、軽工業が発達し安価な労働力に注目が集まった戦後間もなくからのタイランド2.0。そして85年のプラザ合意以降、急速に進んだ外国企業の進出を背景に重工業化と輸出産業の成長が始まったタイランド3.0。これらに次ぐ産業と社会の発展形態として提示されたのがタイランド4.0であった。

着目されたのは、タイ国内におけるインターネットの普及です。当時、タイ人が好んで使用するSNSであるFacebookのユーザーはすでに人口の7〜8割に達していました。さらに、電子商取引(EC)の取り引き規模も2兆バーツ(当時のレートで約6兆円)超に膨らんでいました。そして、何よりもこれらの利用を媒介するスマートフォンの普及率は50%を間もなく超えようとしており、急速な勢いで上昇をしていた。デジタル化がタイ社会を変えると考えたのは自然な成り行きだった。(2024年現在は携帯電話の保有率は88.3%で、そのうちの95.3%がスマートフォン)

政府は15年初めに国家デジタル経済社会準備委員会を設置。翌年にはデジタル経済社会開発省を発足させている。さらに、その翌年には東部チョンブリー県で「デジタルパーク・タイランド」を開発すると計画案を発表。国内外から呼び込む先端企業には、機械設備等の輸入関税の免除のほか、最大で8年間の法人税免除、研究者の個人所得税を最大で5年間免除する厚遇を提示したのであった。
 

 

中小企業がブレーキに

満を持してのタイランド4.0。軍事政権が持つ強権の後押しもあって、タイのデジタル化は一気に進むと考えられた。国内外のメディアも一様にそう観測記事を書き立てた。実際に、財閥系の大企業の中には先んじて投資を行うところもあった。ところが、産業界全体としてそのようには推移しなかった。何よりも、中小企業の足並みが極めて鈍かった。予想を超えたブレーキがデジタル化の浸透を押しとどめた。

1日当たりの最低賃金300バーツ(15年当時)。01年から倍増し(119%増)、周辺国よりも高水準にあるとされたタイの賃金だったが、日本や欧米の先進国と比べればまだまだ低かった。企業経営者の多くは、海のものとも山のものともつかぬデジタル投資よりも、目に見えて体感できる安価な労働集約型の形態を選んだ。コンピュータ・ネットワークの導入においても、よく分からないクラウドはひとまず措き、資産としても視認が容易なサーバーを社内に設置するオンプレミス型が一様に好まれた。

一向に進まないタイのデジタル化。政府の焦りも日に日に増していった。スイスにある研究機関「国際経営開発研究所」が毎年発表している「デジタル競争力ランキング」も、19年のタイのそれは40位。日本の23位と比べてもなお大きな開きがあった。36年までに1人当たりのGDPを1万3000ドルにまで引き上げ、高所得国の仲間入りをするという政府の計画にも黄信号が灯ったとの指摘が相次ぐようになっていた。

 

広がったデジタル意識変革

事態を大きく変えたのが、20年から世界を襲った新型コロナウイルスの蔓延だった。営業や出社は禁じられ、オンラインや遠隔操作が常態化した。こうした中で、経営者たちも少しずつデジタルやクラウドの持つ特性と効果を体感し、有益性を理解するようになっていった。流れはコロナ禍がほぼ明けた23年前後になっても低調に向かうことはなく、かつて及び腰だった中小企業にまであまねく広がった。

政府の試算によると、タイのクラウド市場は23年末時点で600億バーツを超えようとしており、成長率は年30%を超えるという。一方、世界の同市場の成長率は20%を若干上回る程度だといい、このところのタイの急成長ぶりが際立つ。タイ国内の複数のシステムインテグレーターに景況感を尋ねたところ、中小企業を中心にデジタルをめぐる意識変革が急速に広がっているという。導入するサーバーについても、近ごろは洪水リスクなどが伴うオンプレミス型よりもクラウド型が好まれるようになったと証言している。

データセンターへの投資と拡充も進んでいる。データセンター開設には受電容量1メガワットに対し、通常約800万米ドルもの巨額な費用がかかるとされる。企業にとっては大きな負担となるが、ここにタイ政府が誘致優遇策として提示する法人所得税の8年間免除という恩典が大きく作用した。米IT大手のグーグルは22年、データセンターの集積地としてニュージーランドとマレーシアに加えてタイも候補地とすることを決めた。通販世界最大手のアマゾン・ドット・コムもタイをクラウドサービス開発の一拠点として位置付け、総額50億ドルを投じるとしている。

中国企業も触手を伸ばしている。通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)は21年に約7億バーツを投じ、タイで3カ所目となるデータセンターの開設を進めると発表。EC大手阿里巴巴集団(アリババ・グループ)もタイでクラウドサービスをすでに開始している。また、IT大手の腾讯控股(テンセント)もバンコクに2カ所目のデータセンターを開設した。
 

画像:タイ・デジタル経済社会省傘下のデジタル経済振興機関では、デジタル関連のイベントを開催するなどしてDXの浸透に努めている。写真は202362224日にバンコク東郊の展示施設BITECで開かれた「CREATIVE BUSINESS AWARDS 2023」の様子。(同振興機関提供)
 

なりふり構ってはいられない

企業各社の投資熱が戻って来たことを受けて、タイ政府は人材育成に力を入れている。デジタル経済社会省の試算によると、タイで現在、必要とされるIT技術者は推計年10万人。慢性的な人材不足の解消が急務の課題となっているという。そこで政府は、国立大学や民間企業と共同で人材育成のためのプログラムを実施。年1万~3万人単位で技術者を輩出していくとする。

日本政府も後押ししている。22年11月には、当時の西村康稔経済産業相がタイのスリヤ工業相(いずれも当時)をバンコクに訪ね、タイの製造業におけるデジタル化を推進するための協力文書を交換。ロボットによる自動化やモノのインターネットの普及、現場カイゼンなどの多面で技術援助していくことで合意している。

23年に発足したセター政権側にとって、デジタル化を急いで進めていかなければならない事情もある。選挙公約としてきた1日当たり400バーツへの最低賃金引き上げがそれだ。期限とした実施時期が年末にも迫ろうとしている。賃金の引き上げは当然に企業の労務コストを上昇させる。その穴埋めとして、デジタルの力を活用しようというのだ。公約が実現できなかった時の政府批判や政局だけは何としても避けたいというのが政府の本音だ。

度重なるクーデターや政治対立など、経済成長の足かせとなってきたタイの政変。タイランド4.0を初めとしたデジタル化のそもそもの旗振り役が、低成長を招いた張本人の軍事政権だったとはあまりにも皮肉な結末だ。だが、それは一方で、最早なりふり構ってはいられないというタイ社会の焦りと決意の現れであるのかもしれない。
次回からは個別の事案を紹介します。

参照:https://creativetalkconference.com/

※「タイDXの現状シリーズ」とは、タイのDXに関する記事を連載する企画です。このシリーズでは、タイにおけるデジタル技術の導入や進展、ビジネスや社会への影響など、様々な側面に焦点を当てて解説していきます。

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記事制作:小堀晋一(こぼり・しんいち)
2011年11月、タイ・バンコクに意を決して単身渡った元新聞記者。東京新聞(中日新聞東京本社)、テレビ朝日で社会部に所属。一連の銀行破綻時件やオウム真理教事件、阪神淡路大震災の取材などに従事した。現在はフリーランスとして、日本の新聞、雑誌、タイのフリーペーパーなどで執筆。講演多数。連絡先:kobori(@)dream.jp
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