現在、タイに進出するEVメーカーは10数社。ブランド数は少なくとも13に上る。このうち上海汽車と長城汽車の2社が内燃機関車やハイブリッド(HV)車向けの既存工場を持ち、EV工場への転換を進めている。このほか、比亜迪汽車や長城汽車、長安汽車、広州汽車、哪吒汽車、奇瑞汽車、EVバスなどを生産する商用車メーカーの福田汽車などがタイ工場建設に向け資本投下している。
以下は、中国EVメーカー各社の現状とタイでの取り組み。カッコ内は主なブランド名。
・比亜迪汽車(BYD)
・長安汽車(Deepal)
・上海汽車(MG)
・広州汽車(AION)
・哪吒汽車(NETA)
・騰勢(DENZA)
・長城汽車(ORA)
・奇瑞汽車(JAECOO、Omoda)
・吉利汽車(Zeekr)
・小鵬汽車(Xpeng)
中国通信・電子企業も相次ぎ参入
中国EVメーカーの海外進出に合わせて、電気自動車に欠かせないスマートコクピットや対象物までの距離や形を自動計測するLiDARセンサー、カメラなどの各種ハードウエア類と、これらを制御するスマートソリューションを手掛ける通信メーカーの存在感も近年増している。その中でもひときわ注目を集めているのが中国通信最大手のファーウェイ(華為)だ。
同社は、EVブランドのJAECOOやOmodaを供給する奇瑞汽車と新たなブランドの「智界汽車(Luxeed)」を立ち上げ共同運営を開始した。重慶市に本社を置く賽力斯集団(セレス)とも新ブランドの「問界(AITO)」プロジェクトを始め、タイなどEV需要の多い海外市場への進出を加速させている。また、ファーウェイはEV大手の長安汽車などとも技術協定を締結。傘下企業を通じてスマートカー事業にも本格参入を始めている。中国EVメーカーの海外展開の背後に同国の通信大手が存在しているのは、もはや既成事実となっている。
EV生産に必要な鉄鋼、ゴム、電子部品や各種設備、修理用部材などの関連企業も一斉に市場参入するのが中国EV進出のやり方だ。タイ工業団地公社(IEAT)によると、中国EVの進出に相まってタイ東部にある工業団地7カ所にこれまで600近い中国系工場が建設されている。投資総額は約5500億バーツに及び、タイ人15万人以上を雇用。工業団地の周辺には小規模な〝中華街〟も出現して、中国語があふれるばかりとなっている。
中国系企業が進出する工業団地はラヨーン県が最も多く、アマタシティー・ラヨーン工業団地で投資総額は約2200億バーツ。次いでWHAイースタンシーボード工業団地1の約400億バーツ、同工業団地2の約300バーツなど。これに続くのが、サムットプラーカーン県にあるアジア工業団地の約295億バーツとなっている。これらの工業団地にはBYDや長城汽車、上海汽車などの傘下・関連企業が工場群を展開している。
今年1月には、電子制御に必要なプリント基板(PCB)を生産する中国PCB大手の仙頭市泰華電子がタイに進出することが明らかとなり話題を呼んだ。同社は24年7月に現地法人タイファ・エレクトロニクス・テクノロジーを設立。東部プラチンブリ県にある304工業団地に工場を開設した。ここで、一般向けの2層基板から高度通信向けの20層まで高度産業用の多層基板も生産するとしている。
日系ほか各国メーカーの動向
こうした中国勢のタイ進出に対し、他の国々のEVメーカーは総じて模様眺めの状況だ。ドイツのメルセデス・ベンツは24年のタイ販売台数が前年比3割減の9189台と落ち込んだ中にあっても、価格の見直しには否定的。価格競争には加わらないとしたが、タイの中間層がどう反応するかは予断を許さない。
韓国の現代自動車もタイ国内における24年の販売台数が目標の4000台に届かない中、25年の目標を前年比30%増の5000台超に置き、価格の見直しには消極的な立場だ。ただ、同社は販売後のアフターサービスの強化に力を入れ、販路の拡張を目指す。サービスセンターの存在しない地方については移動サービス車によって巡回体制を取るほか、ショールームを併設しない小型のサービスセンターも新たに設置する。一方、EV専用の組立工場をバンコク東郊のバンブー工業団地内に開設し、26年早期の生産開始を目指す。
スウェーデンのボルボは、タイでのEV販売が伸び悩んでいることから、昨年決定した全生産のEV化を撤回し、今年もハイブリット車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)の生産を継続することにした。同社は自動車各社が販売台数を減らし業績が悪化する中、わずか1%だが販売台数を伸ばした数少ない一社。それでも市場の冷え込みに対応して、戦略の見直しを行うことにした。
一方で日系は、ホンダとの経営統合が破談した日産がタイ工場の一部閉鎖を決めている。同社は2013年まで10万台を超える国内販売を維持してきたが右肩下がりを続け、24年には9427台と1万台の大台を割り込む事態に。シェアも1.6%に止まっている。こうしたことから、生産ラインの統廃合などで大幅な人員削減を進める方針だ。工場の一部閉鎖はこの一環となる。
これまで日産は、06年には3億米ドルを投じて部品工場を設立すると表明。14年には37億バーツを投じて第2工場を開業した。16年には研究開発(R&D)に新たに10億バーツを追加投資。R&Dのテストセンターも設置している。バッテリー製造などを手掛ける子会社のニッサン・パワー・トレイン(タイランド)も立ち上げたが、水泡に帰す可能性が高い。
これに対し、昨年タイからの輸出を伸ばしたマツダは、EVなど電動車をタイ市場に投入すると発表。25年からの3年間で、EV2車種、HV2車種、PHV1車種の計5車種の販売を開始するとした。また、現地でHV車の生産に50億バーツを注入する考えも表明。東部の工場で多目的スポーツ車のSUVを生産するとした。タイ市場でEV化が進むことに対応した措置だ。
新しもの好きのタイ市場
バンコクの主要な国道などを走行していると、このところ数を増した中国EVの存在に気が付く。丸みを帯びたデザイン、反対に角張ったデザインなどその多様性と個性にも圧倒される。中国産のEVはとかく低価格ばかりに関心が向けられるが、それだけではない〝何か〟があることを感じて止まない。消費者心理もそこに吸い寄せられるのだろう。
こうした中、車好きのニッチなタイ人消費者の間で、国内では未発売のとある車種の販売開始がネット上で話題となっている。待ち望まれているのは、米テスラが19年11月に販売を開始したフルサイズ電動ピックアップトラック「テスラ・サイバートラック」。戦車を思わせる角張った外形は、ただひたすら個性的。1トンピックアップトラックが広く普及するタイで、心待ちにされている一台となっている。
同様にネット上で話題となっている車種に、ベトナムのEVメーカー、ビンファストが24年のバンコク国際モーターショーで初お披露目した新コンセプト・ピックアップトラック「VF・WILD」もある。テスラ・サイバートラックと似た機械的な外観。こちらは流線形が採用されているものの、映画ターミネーターにも出てきそうな近未来を感じさせている。乗った時のワクワク感はたまらないはずだ。
こうした〝新しいもの〟がタイ人消費者はとにかく好きだ。時には、価格さえ二の次となる。中国EVがタイで存在感を増す中に、こうした考慮がされてきたことは疑いもない事実だろう。EV3.0やEV3.5のペナルティーさえも厭わずタイ進出を続ける中国EV。その選択と決断が正しかったかどうかの結果が出るのは、間もなくのことだ。