法務専門家に聞く!日系IT企業がタイ進出で抑えるべき外資規制とは | ピリピリ 東南アジア進出をサポート!
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法務専門家に聞く!日系IT企業がタイ進出で抑えるべき外資規制とは

JETRO(日本貿易振興機構)の調査によれば、タイにおける2021年の外資規制の事業認可は件数・金額とも日本がトップになりました。デジタル技術拡大を進める国家施策の「タイランド4.0」はSaaSやDXなどのIT系企業にとって追い風と言えそうですが、タイも含め海外への進出には「外資規制」の壁が立ちはだかります。 

本記事では、ASEANなどの法務に特化した日本の法律事務所「One Asia Lawyers」のタイ事務所で、企業法務を手がける藤原正樹弁護士に取材した内容を紹介します。タイの外資規制の内容や政府が設けている外資企業への優遇措置、今年6月に初めて施行された個人情報保護法をはじめとする法的リスク、さらに今後の規制緩和などについて留意すべきポイントやアドバイスを語っていただきます。 

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<藤原正樹氏プロフィール> 
弁護士(One Asia Lawyers所属) 
日本の法律特許事務所に弁護士として13年間在籍し、知的財産法務、営業秘密を含めた情報関連法務、ソフトウェア法務、WEBサービス関連法務、その他企業法務及び破産管財業務などに従事し、数多くの訴訟案件にも対応してきた実績がある。2020年から個人情報保護法、IT領域を含めたタイ企業法務に関するリーガルサポートを提供している。 
(One Asia Lawyers公式サイト:https://oneasia.legal/) 

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IT系サービスは資本比率50%未満の規制あり  

― まずは、藤原さんが現在タイで手がけている業務などについてお聞かせください。 

藤原さん: 
ASEANと南アジア法務に特化したOne Asia Lawyersグループのタイ事務所に在籍しています。タイではこの6月から初の個人情報保護法(PDPA)が施行されたこともあり、現在はPDPAに関する相談をはじめ、M&Aや労務、契約書の作成、レビューなど日系企業向けのリーガルサポート業務を手がけています。 


― ASEANへの進出を検討するIT系企業が増えていますが、ハードルとなる「外資規制」についてタイにおける概要を教えてください。 

藤原さん: 
タイには「外国人事業法」という法律があり、外資企業がタイ国内で事業を行う場合はこの法律が適用され規制を受けることになります。外国人事業法が定める規制業種には第1種から第3種まであり、SaaSやDX、サーバー周りなどのIT分野のサービス業は第3種第21号の「そのほかのサービス業」に該当します。

ここでいう外国企業(外国人)とは、タイ国内で登記していない法人や、タイ国内で登記している法人であっても外国人の出資比率が50%を超える法人のことをいいます。このようにIT分野のサービス業については、タイ国内では原則として事業展開できないことになります。

そのため、外国企業はタイ国内でタイ国籍企業を立ちあげ、事業を行う方法を一般的に採用します。そして、タイ国籍企業となるためには、タイ国籍企業やタイ国籍を持つ個人の出資比率が50%を超えることが必要となります。つまり、外国企業の出資比率は50%未満ということになりますので、日本企業が事業を行う場合、日本企業が49%、タイ国籍企業又はタイ国籍を持つ個人が51%という出資比率にすることが一般的です。 
 
 

「タイ国投資委員会(BOI)」の認定を受ければ100%の出資も可能 

― では、タイ国籍企業ではない外国企業は、50%を超える出資比率でITサービス事業の展開はできないのでしょうか。 

藤原さん: 
必ずしもそうではなく、2つの方法があります。

1つは先ほど申し上げたとおり外国人事業法の「外国人事業許可」を取得することです。100%の出資もできますが、実際にはその取得は難しく取得まで時間がかかるので、この選択肢が採られることは少ないです。

もう1つは、タイ政府の「タイ国投資委員会(BOI)」から投資奨励事業として認定を受けることです。これにより、外国企業による外資100%の出資が可能となります。BOIとは、投資奨励法に基づき海外からタイへの投資振興のために優遇措置を与える権限を持つ政府機関です。 

IT系企業がBOIを取得できるのかといえば、要件次第では可能なものの、一部の事業に限定されています。例を挙げると、ソフトウェア、デジタルコンテンツのタイ国内での開発事業、スマートシティやそのシステムの開発事業は対象となりますが、例えばソフトウェア開発事業の場合、その要件としてタイで開発を行わなくてはなりません。また、クラウドサービスも対象事業ですが、情報セキュリティマネジメントシステムに関する国際規格である「ISO/IEC 27001」の認証を取得したデータセンターを、タイ国内に2か所以上つくることが要件となっています。 

そのほか、ソフトウェア開発事業の場合は情報技術分野のタイ人従業員の給与総額の下限が設けられているなど、対象事業ごとに定められた要件をクリアする必要があります。BOI認定を目指すのであれば、対象となる業種や要件について詳しい事前チェックが不可欠といえます。 


― BOI取得が難しい場合の進出方法を教えてください。 
 
藤原さん: 
そのような場合は、現地で50%超を出資してくれるタイ国籍のパートナーを見つけて合弁会社を設立することが一般的です。そのほか、銀行などが手がけているタイ国籍を持つ日系の出資会社を利用し、そこで株を持ってもらうという方法もあります。ただ、その出資会社に対し、配当金やコンサルティング料を支払う必要があります。 
 

― 例えば、現地法人を設置するほどの規模ではないIT系企業が、進出の入り口として日本からWEB上でタイ国内向けサービスを提供することは可能でしょうか。 

藤原さん: 
SaaSなどのBtoBサービスを展開して、日本からタイ国内向けにWEB上で提供する場合、そのサービスがタイ語で行われるなど、専らタイ人を対象としたものである場合などは外国人事業法が適用される可能性があります。

また、2021年9月からは、タイ国外からタイ国内にインターネットなどの電子ネットワークを介してサービス提供する場合、一定の要件に該当すればサービス提供者にVAT(日本の消費性にあたる税)が課税されることになりました。また、今後インターネットを介したサービスが益々増えていくことが予想されますので、インターネットを通じた国外からのサービス提供に対する新たな規制がなされる可能性があることを念頭に置く必要があるでしょう。 

 
― そのほか、留意しておくべき点はありますか。  

藤原さん: 
タイでは外資企業がタイ国内でタイ国籍パートナーと合弁会社を立ち上げる場合、その会社の最低資本金は200万バーツ(約760万円)以上でなければなりません。また、日本人駐在員など外国人を雇用する場合、その外国人1人あたり200万バーツの資本金が必要となりますので、注意が必要です。また、日本と違い、タイ企業には毎月の税務申告が義務づけられており、社内に専門の会計担当者を置いたり、日系の会計事務所と契約して申告のサポートをしてもらうなどの対応が必要です。 

用地取得についても土地法上の規制があり、外国人が土地を取得することが厳しく制限されています。用地を取得する合弁企業のタイ国籍企業の出資率が51%以上というだけでは足りず、そのタイ国籍企業の株主構成を溯って細かく調査されます。日系の出資会社でこの条件をクリアできる企業は少ないでしょう。ただし、BOIの奨励事業として認可を受ければ、特例により土地を取得することができます。 

 

今年6月施行の「個人情報保護法(PDPA)」は日本よりも厳しい 


― タイに進出する際の法律規制や法的リスクについて教えてください。 


藤原さん: 
タイでは今年6月1日から「個人情報保護法(PDPA)」が施行されており、その対応が重要です。EUの個人情報保護法である「GDPR」をベースにしているため、場合によっては日本よりも厳しい規制が課されているといえます。 

例えば、日本の個人情報保護法では、間接的な個人情報については「他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができる」場合に限定されていますが、タイのPDPAはGDPRと同様に「間接的に個人を識別できる情報」とその範囲を広くとらえています。また、個人情報の取得についても、一部例外はあるものの原則的に個人情報を提供する個人からの「同意が必要」とされていて、ここも日本と大きく違う点です。 

個人情報のタイ国外への移転や海外からアクセスする場合もGDPRと同じ規制があり、原則として国外移転は禁止されています。ただし、同意を得た場合や十分性認定を受けた国への移転は許されるなどGDPRと同様の例外が定められていますが、まだどの国が十分性認定を受けるのか現時点では不明です。ですので、現状では個人情報を提供した個人から同意を得るという方策が採られることがほとんどです。 

このような規制があるため、タイへの進出前にはPDPAの内容を十分に押さえておくことが必須です。タイの法律事務所などのサポートを受けて、プライバシーポリシーを作成し、同意の要否や同意を得る運用スキームなどPDPAに対応できる体制構築をしておくなどの取り組みをすべきでしょう。BtoCの事業はもちろんですが、BtoB事業であっても顧客企業の担当者や代表者の情報を取得することになりますのでPDPAへの対応の検討が必要です。 


― PDPA以外の法律ではどうでしょうか。 

藤原さん: 
消費者保護の法律として広告表示規制法もあり、紛らわしい広告は規制されています。また、ECやマーケットプレイス、ISP、WEBホスティングなどのサービスをタイで提供する企業については、商務省への商業登録が必要です。コンピューター犯罪法も整備されていて、SaaSなどのITサービスを手がける企業にはユーザーのログを一定期間保存する義務があり、もし警察から求められれば提出しなくてはなりません。BtoCのECサービスについては、日本と同様に「クーリングオフ制度」も導入されています。 

タイは日本と比べて行政の力が強いうえに国王に対する「不敬罪」という罪が存在するため、特にIT系企業はネット上にあがっている内容に注意を払う必要があります。不敬罪に当たるような書き込みが提供サービスの掲示板などに掲載されている場合、警察からコメント削除やログの提出などを求められるだけでなく、指導を受ける場合がありますので注意が必要です。 

従業員との関係についても、日本と同様またはそれ以上に労働者保護に関する法律が厳しいのが特徴です。タイはジョブホッピングが多くて離職率がかなり高いのですが、もし解雇したりすると法的トラブルになりやすく、実際に不当解雇で裁判に持ち込まれるケースは少なくありません。  

また、もし事業がうまくいかずに撤退しようとしても、タイでは自己破産が認められておらず、かつ、会社を清算するにあたっては必ず当局による税務調査がなされますので清算手続きに1年以上の時間がかかります。このような問題がありますので、撤退をする場合、可能であれば会社の売却先を探し、M&Aなどで他社に買収してもらう方がよいでしょう。 


― 現地のスタートアップなどへの出資や提携を検討している日本企業に対し、何か注意点はありますか。 

藤原さん: 
タイ国籍パートナーと合弁会社を設立する場合、合弁契約書などでその契約条件をしっかり取り決めておくことが重要といえます。どういう目的で何を得るために出資をするのかということをよく考えたうえで、株主総会での決議方法や、自社側からの取締役を入れることや配当などについても、きちんと契約書に条件を定めておく必要があります。また、株主総会の運営用法や取締役に関する取り決めは出資する会社の附属定款(AOA)に定めないと会社との関係で法的効果が発生しないので、出資者間の契約書に定めるだけでなく、出資する会社の附属定款に定め、登記する必要がある点も注意が必要です。 
 
 

国家戦略として規制緩和の可能性もあり伸びしろに期待 


― 今後外国企業に対する規制緩和などが進む可能性はあるのでしょうか。 

藤原さん: 
はい、可能性はあると思います。政府は国家戦略として「タイランド4.0」という施策を公表しており、その中でデジタル技術の活用を大きく掲げています。外国企業の方がIT事業は進んでいるので、それを取り込んでいきたいという思惑があるのです。 

また、外国人事業法のリストから、ソフトウェア開発のうち一定の領域の開発事業を削除するという案も商務省から出ていますし、BOIでも認可業種が増える可能性もあるかと思います。今後規制緩和が進めば、将来的にSaaSも含めてITサービス事業に外資も進出しやすくなる可能性が出てくるでしょう。  

タイではスマホやFacebookなどSNSの利用率がとても高いため、IT系企業にとってはさまざまなビジネスチャンスがあると思います。DXについてもタイ国内ではまだあまり進んでいないので、むしろこれからの伸びしろが大きい。例えば、行政に提出する書類などはまだほとんどが紙ベースのため、今後規制が緩和されていくことによりDXが広がっていく可能性があります。 
 

― 最後に、最新の外資規制を確認できるサイトなどがあれば教えてください。 

藤原さん: 
タイの商務省サイトは押さえておきたいサイトです。

タイ商務省サイト:https://www.moc.go.th/th/page/item/index/id/1
 

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