あらゆる工業製品の基礎となる「
金型」。モノづくりの母ともされ、品質の均一化・大量生産を可能とする。経済成長が続くベトナムでもその位置づけは変わらず、多くの場面で金型が製造業の現場を支えている。ところが、である。ベトナム国内の金型産業はまだ緒に就いたばかり。そして脆弱。多くは中国などからの輸入に頼っている。こうした状況下で、ベトナム金型産業の底上げを図り、技術力向上の支援を行おうという日系企業らの業界団体がある。2013年5月に設立した「
日越金型クラブ」(真庭秀哉会長)。その活動の様子とベトナム金型産業の今をお伝えする。
「買ってきたほうが早い」
「
今ある好調な経済を背景に、ベトナムのモノづくりが成熟してきたなどと結論付けるのは早計でしょう。金型生産を始めとして、少なくない分野で中国市場など他国に依存しているのが現状だからです。自立なくして生産性の向上や技術革新は望めない。そのことをベトナム政府も産業界も、もっと知ってほしい」
こう語るのは、日系企業68社、ベトナム企業23社、合弁企業13社などが加盟する日越金型クラブの副会長で、金型・中間材製造「吉中精工」(福井市)社長の吉中一夫氏。ベトナム法人「Y.H SEIKO VIETNAM」の社長も兼務する。現地の金型事情を最もよく知る一人だ。ベトナムで事業を興して10数年。一進一退。カメのような歩みの同国金型産業の行方を日々案じている。
こんな逸話がある。2023年11月、同クラブの年次総会兼設立10周年の記念式典会場でのことだ。来賓として登壇したベトナム裾野産業協会のベトナム人幹部が大概こんな発言をした。「
金型(を国内で生産するの)は実に難しい。(中国など)海外から安く調達できるのだから、(国内生産にこだわらず)買ってきたほうが早いのではないか」
真庭会長はもとより、吉中副会長らクラブ側が驚いたのも無理はない。根底にあるのは、外国から安く買えるのだから、それでいいではないかという考え方。一見して経済合理性に合致するようにも見られるが、
それで果たして成長はあるのか。であれば、ベトナム側が負担するのは人口1億人の安い労働力だけということになる。そこには、モノづくりに対するプライドも付加価値という発想もない。危機感が一層あらわとなった。
必要な裾野産業の成長
24年4月、ハノイ市。吉中副会長の姿は、今度はベトナム裾野産業協会CEOサミットの会場にあった。前年11月に金型クラブの年次総会に足を運んでくれたことへの返礼だった。ここで、吉中氏は思い切って登壇、発言をする。果たして意図することは伝わるのか。不安を抱えながらの講演となった。
「(金型を含む)裾野産業の成長は、製造業の拡充・発展において欠かせない必要十分条件。工作機械などの製造機械も、工具などの道具類も、そしてモノづくりの中核に位置する金型も、最終的には自国内で可能な限り調達できるという体制が構築されなくてはならない。特定の国や市場に長い間依存をするのは極めてリスクが高い。国内調達力を高めることで、厳しい国際競争にも勝ち残ることができるのです」
降壇後の懇親会の席で、吉中氏は一人のベトナム人経営者の訪問を受ける。通訳を介して熱く語る男性は「話に感動しました。お話になられた通りです。今後は、私も日越金型クラブの催事に参加したい」と話した。一方の吉中氏は「ベトナムのモノづくりも捨てたものじゃない。こういった志のある経営者もいるのだから」と振り返る。このように、クラブに加盟を希望するベトナム企業やベトナム人経営者も近ごろは少なくないという。現在、113の企業・団体、175人体制となっている。
金型の国産化がカギ
その国の工業化の進度を計るバロメーターの一つに、工作機械や装着工具、原材料などの現地調達率がある。日本貿易振興機構(ジェトロ)がまとめた「2024年度海外進出日系企業実体調査」によると、東南アジアの工業国であるタイのそれは58.4%。インドネシアもほぼ過半の49.3%。「世界の工場」と呼ばれながらも現在は海外移転が進む中国でさえ67.1%と軒並み50%を超える。
ところが、
ベトナムのそれは遥かに低い36.6%。工業化ではとうに追い抜いたはずのマレーシアの38.5%やフィリピンの37.5%よりも低位に位置したままだ。さらにすぐ背後に続くのは、南アジア・パキスタンの35.1%や内戦で揺れるミャンマーの30.8%。明らかに国内調達において、ベトナムの出遅れている現況が見て取れる。
こうした事態に、日越金型クラブのもう一人の副会長で、名古屋市に本社を置く名古屋精密金型の現地法人「メイセイベトナム」社長の平原忠志氏も憂慮を口にする。「現地調達化と金型の国産化は産業発展の基礎。世界情勢の変化など調達リスクにさらされていては経営が立ち行きません。まずは、ベトナム政府が主導して、金型の国産化の必要性を認識してもらう必要があります」
ところが、
ベトナム政府も産業界も関心は時代のトレンドである人工知能(AI)やデジタルトランスフォーメーション(DX)に向くばかり。予算措置も事実上後回しとなっているのが現状だ。金型クラブのメンバーの心配は尽きない。「難関大学の工業系を卒業した優秀な人材は山ほどいるというのに、油にまみれて金型を研究・勉強しようという若者は一握りしかいない」(平原氏)
金型関連技術発表交流会
24年11月、日越金型クラブの正副会長3人は、ハノイ市にあるベトナム日本商工会議所の会議室にいた。
クラブ主催の「金型関連技術発表交流会」の第11回大会があったためだ。この日のテーマの第一部は、「DX・AIを用いた金型製造」。その目的を、会長で群馬県安中市に本社を置く東邦工業のベトナム法人「TOHO VIETNAM」社長の真庭氏は「我々はAIやDXを批判しているわけではありません。むしろ時代のトレンド。金型産業にどう活用できるかを考えてみようと取り上げました。勉強を続けることはとても大切です」と解説した。
続くもう一つのテーマが「ベトナム大学生たちの金型研究の今」と題した発表会だった。登壇したのは、ベトナムの工業系大学で金型研究を続ける大学生たち。日頃はあまりない研究発表の場を提供しようという初めての取り組みだった。プラスチック金型部門とプレス金型部門に分かれた学生たちが、日々の研究の成果を競い合った。最優秀のグランプリを獲得したのはハノイ工科大学プラスチック金型実験室のチームだった。
金型クラブが発表会を企画した背景には、「いつかベトナムで金型グランプリ大会を開催したい」という思いがあった。日本では2009年から一般社団法人日本金型工業会が開催する「学生金型グランプリ」がある。そのベトナム版。日の光が当たりにくい金型産業だが、あらゆる産業の基礎となる縁の下の力持ち。そういった日陰になりがちな産業部門にも、しっかりとスポットを与えていこうというイベントだった。
真庭会長は言う。「古くさいかもしれないけど、モノづくりになくてはならないのが金型。こういった産業を日本でもベトナムでも着実に育てていくことが必要だ」と。ベトナムで始まった日系企業らによる金型産業育成の動き。それを牽引するのは、油にまみれながらも奮闘を続け、高い技術と信念を守ってきたニッポンの職人たちだ。
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