ベトナム最大の複合企業(コングロマリット)で知られる「ビングループ」。総帥のファム・ニャット・ブオン会長は北部ハノイ出身の56歳。同国初の電気自動車(EV)メーカー「ビンファスト」を創業したのに加え、ハイテク会社や不動産開発企業、展示会運営会社など傘下に数十社のグループ企業を抱えるなど総資産は70億米ドル(米フォーブス、約1兆1000億円)を優に超える。中でもEV事業は世界を視野に入れたとされ、その姿はベトナムの偉大な実業家の一人と数えられるほどだ。だが、巨額の借入から来る利息負担は重く、政府との強いコネクションで支えられているワンマン経営であることも周知の事実だ。真の国際的な複合企業となれるのか真価が問われている。
■若きカップルの婚約式
今年2025年1月15日のことだった。北中部タインホア省タインホア市にある一軒の民家。ここで開かれた一組の若いカップルの婚約式を知らせるニュースに、ベトナム全土の若者たちは釘付けとなった。25歳の新郎の名はビングループ総帥ブオン氏の次男でグループ会社社長のファム・ニャット・ミン・ホアン氏。一方の新婦は2年前の「第61回ミス・インターナショナル世界大会2023」でベトナム代表を務めたグエン・フォン・ニーさん(23)だった。
ニーさんはミス・ベトナム2022年大会でも準優勝した美貌の持ち主。若い女性からの人気も高く、インスタグラムとTikTokのフォロワー数が合わせて200万近くに上るなど著名人としても知られる。誰もがうらやむ青年実業家と美女有名人の婚約に、国内の芸能ニュースやSNSは大いに沸いた。婚約式はニーさんの実家で行われ、新郎側からはブオン会長夫妻らが参列。新郎新婦は民族衣装を着用して将来を誓い合った。
一組の若者の婚約式がここまで注目を集めるのは、ニーさんが名の知られたインフルエンサーであることもあったが、はやり最大の理由は新郎の父親がベトナム屈指の大富豪だからによるところが大きい。ブオン会長は米経済誌フォーブスが発表する世界長者番付の2013年版でベトナム人として初めて登場した10億ドル以上の個人資産を持つ人物。その時の資産は推定15億ドル。当時45歳。それが今や5倍近くにまで膨らんだ計算になる。
■ウクライナで起業
ブオン会長は1968年のハノイ市生まれ。父親はベトナム人民軍の防空部隊に所属し、母親は個人で茶屋を営み、生活は苦しかった。ハノイ鉱業地質大学から、ソビエト連邦崩壊後のモスクワ地質調査大学(現:ロシア国立地質学調査大学)に留学。特に数学で優秀な成績を収め、奨学金を得て同大学を卒業した。
卒業後は直ちにベトナムには戻らず、ウクライナに渡って実業家の道へ。食品会社のテクノコムを設立し、知人から借り入れた1万ドルを元手にレストラン事業を展開。さらには、製麺機を得てインスタントラーメンの製造に乗り出すと、瞬く間にこの分野で成功を収める。当時旧ソ連地域は経済が混乱しており、人々は少しでも安価な食品を求めていた。市場を見る目はこの時に養われたとされる。また、この頃、高校時代の知人でもあるファム・トゥ・フオン氏と結婚している。
ベトナムで事業を始めたのは2002年のことだ。現在もグループの主力企業である観光ホテル事業会社ビンパールの前身を設立。ベトナム南部カインホア省にある屈指の観光地ニャチャンでリゾート開発に着手した。直後にはハノイで商業複合ビルのビンコムシティータワーを建設。後年、この観光業と不動産事業を統合させてビングループを設立している。07年には早くもホーチミン証券取引所で上場。ウクライナ事業は大手食品企業のネスレに売却している。
その後は、病院や教育事業にも手を広げるなど多角経営を手掛け、14年からはスーパーやコンビニ事業も展開。事業会社ビンコマースを立ち上げ、スーパー「ビンマート」を多店舗出店した。さらには、家電量販店ビンプロや自動車メーカーのビンファスト、ベトナムで最先端を行く5Gを搭載したスマートフォン製造のビンスマートも設立するなど飛ぶ鳥落とす勢いで事業を拡大していった。中でも、EV生産のビンファストは現在、世界5カ国で展開し、主力企業へと成長している。
◎ファム・ニャット・ブオン会長とビングループ事業拡大の歩み
・1968年8月 ハノイ市で誕生。
・1987年 ハノイ鉱業地質大学進学。
・1993年 ロシアのモスクワ地質調査大学卒業。 ウクライナでテクノコム社設立。食品事業を展開。
・2003年 南部カインホア省でビンパールリゾート開業。
・2004年 首都ハノイで複合ビルのビンコムシティータワー開業。
・2007年 ビングループがホーチミン証券取引所に上場。
・2012年ごろ 病院経営ビンメックと教育事業ビンスクールに参入。
・2014年 小売会社ビンコマースがビンマートを多店舗出店。
・2015年 ブオン会長の資産が24兆ドンに。2位の約5倍。妻3位、義妹5位。 (ハノイ・ホーチミン両証券取引所のデータから)
・2017年 子会社ビンファストによる自動車生産開始を表明。
・2018年 ビンスマートによるスマートフォン事業参入。
・2021年 ビンファストがベトナムでEV生産開始。
・2023年 ビングループが米株式市場に上場。
・2024年 ベトナム国内での新車販売台数で首位に。
◎ビングループを構成する主な傘下企業(一部売却済の事業もある)
【不動産・商業施設】
・ビンパール ホテル・リゾート開発
・ビンコムリテール 商業ビル(株式売却で子会社からは離脱)
・ベトナム展示見本市センター 展示会・見本市会場開発及び運営
・ビンホームズ 不動産開発
・ビンワンダー アトラクション開発
【製造業・ハイテク産業】
・ビンファスト EV生産・販売
・Vグリーン EV充電設備
・ビンES EVバッテリーメーカー
・ビンバス EVバスの運行
・ビンスマート 情報通信
・ビンAI 人工知能開発
・ビンビッグデータ 情報処理
・ビンハイテク 先端技術
・ビンロボティクス ロボット研究開発
・ビンモーション 多機能ロボット研究開発
・ビンCSS サイバーセキュリティ
【民生・小売】
・ビンメック 病院事業
・ビンファ 製薬会社
・ビンスクール 教育事業
・ビン大学 ハノイにある私立大学
・ビンID 電子決済サービス
・ビンフューチャー財団 科学技術研究
■ビンファストが自動車販売で国内首位に
ベトナム自動車工業会とメーカー各社のデータによると、2024年のベトナム国内の自動車販売は前年から23%の大幅増となり、対前年比21%減だった23年からV字回復を果たした。その最大の立役者だったのがビングループ傘下のビンファストだ。EVばかり約8万7000台を売り抜け、2位韓国・現代自動車の約6万7000台、3位トヨタ(レクサスを除く)の約6万6000台を大きく引き離した。ベトナムの自動車メーカーが単年首位となったのは史上初めてのことだ。
モデル別でも首位と2位をビンファストが独占した。小型スポーツタイプの多目的車(SUV)の「VF5」が3万2000台とトップ。一回り小さい同「VF3」が2万5000台の2位だった。このうち、24年後半で急伸したのが新発売のVF3。丸味を帯びたデザインが若者を中心に受け入れられ、価格もバッテリー貸与タイプで1万ドル(約155万円)からとEVとしては安価に設定され、12月だけで約8800台が販売。VF5の約4900台を上回った。
政府が24年9~11月にかけて販促のために行った国産車に対する登録料の半減措置は終了したものの、消費市場にビンファスト製EVが浸透した効果は大きい。25年7月にも北中部ハティン省に第2工場が完成し、売れ筋のVF3とVF5の増産体制も進む。今年1月には事業者用に新たなSUVや多目的車(MPV)を投入するなどラインナップも拡充する。最大で国内年産60万台体制が確立する。経済が成長し所得が向上した消費者が、今後もビンファスト製EVを買い求める可能性は十分にある。
■現地調達化と厚い支援体制
だが、ビンファスト製EVの国内販売の歩みは鈍かった。21年にEV生産を開始したものの、当時はまだガソリン車生産との併用時期。22年8月にガソリン車の生産を停止しEV専業となったが、直ちに販売増にはつながらなかった。23年第1四半期(1~3月)でさえも販売台数は2000台未満。結局、23年は1位現代、2位トヨタ、3位韓国・起亜、4位米フォードに次ぐ5位だった。グループ内のEVタクシー会社に納品するなどして実績を重ねていった。
こうした中で足腰を強くするために急がれたのが、低価格で安定供給ができる国内生産体制の構築だった。北部ハイフォン市の第1工場では年産30万台を可能とし、電池工場も隣地とハティン省に置いて年産計17万パック体制とした。タイやインドネシアで成功した中国・比亜迪汽車(BYD)などが値下げ戦略でベトナムに進出してくる前に、価格競争で受けて立つ体制を整えた。
さらに、生産を安価に行うためには部品の調達を安定的に行うためのサプライチェーン(供給網)づくりが必要だと考えた。調達先の多くは体力の弱い中小零細企業が多く、大手企業との取引実績も乏しければ競争力も弱かった。こうした企業を守りともに成長するために、ビンファストではハイフォン工場の敷地30%を提供し共存共栄を図る道を選んだ。現在のEV部品の国内調達率は60%強。これを2年後に84%に高めるのが目標だ。裾野産業の育成が快進撃を支える一要因となった。
グループを上げての支援体制も厚かった。グループの24年財務諸表によれば、ビンファストに対する貸出金割合は全傘下企業の中でもダントツの約8割。金額にして80兆ドン(約4900億円)を超える。出資額も24年6月時点で約66兆ドンに達し、全体の約4割近くを占めている。それだけではない。ブオン会長自らも私財を投じ、26年までに50兆ドンを注入する。
(つづく)

Ong Pham Nhat Vuong 様(左)/Ba Pham Thu Huong 様(右)