近年、日本のスタートアップ企業の海外進出が増えてきています。経済産業省が、世界で通用するスタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」を提供するなど、国としてもスタートアップを支援する動きが活性化しています。そうした数あるスタートアップ企業の中で、わずか数年で、AI技術を活かしたOCRサービスの日本国内トップシェアに立ち、近年、タイで事業展開をはじめ、注目を集めている企業があります。それが「
AI inside 株式会社」(以下、AI inside社)です。
2015年8月の設立以来、急成長を遂げているAI inside社はなぜ海外展開を決断したのでしょうか。また海外展開を本格化させるにあたり、なぜタイを選んだのでしょうか。そこには、AI inside社が創業当時から大切にしているあるミッションが背景にありました。今回、VP of Global Sales Unit 中谷健さんから話を伺いました。
「AIの民主化」を世界で実現したい
― AI inside社は、AIプラットフォームの領域で日本国内ですでに注目を集められています。どのような企業と形容すればよいのでしょうか。
中谷さん:
一言でいえば、
「AIの民主化」を推進する企業でしょうか。
誰もが簡単かつ低コストにAIをつくり、活用することができるAIプラットフォームを提供しています。具体的なサービスで言えば、AI-OCRにより紙帳票などのアナログデータをデジタルデータ化する「DX Suite」、非エンジニアでもノーコードでAIを開発・運用しデータ活用できる「Learning Center」などがあります。
一言に「AIによるデジタル化・データ活用」といっても、企業の規模などによってその状況は異なります。AI insideでは、多様な企業がどのようなデジタル化の段階にあるのかに着目し、各企業のデジタル化の状況に応じたサービスを提供しています。様々な企業・団体にAIプラットフォームを当たり前に使ってもらうことで、課題解決や新規事業創出を支援しています。
AI inside 株式会社 VP of Global Sales Unit 中谷健さん
― なぜそのようなサービスを「グローバル」、つまり世界規模で展開されようと考えているのでしょうか。
中谷さん:
「世界中の人・物にAIを届け豊かな未来社会に貢献する」というミッションにもあるように、AIによってあらゆる社会課題を解決していきたいという思いが根底にあります。
例えば目先では「生産年齢人口の減少」「経済の停滞」「長時間労働」。これらは、日本だけに限らない、世界共通の社会課題です。こうした課題を、AIによって補完し解決していくことがミッションであると考えています。
その実現のためには、日本に閉ざして提供するのではなく、グローバルに提供することに意味があります。AI-OCRを例にとっても、言語の差異はあるものの「画像認識技術」という意味では、特定の国に限られたソリューションでありません。AIプラットフォームには国境はないのです。
東南アジアを選ぶ理由となった「ミッション」と「競合」
―「グローバル」と一言で言っても、様々な国や地域があります。その中でなぜ東南アジアを選ばれたのでしょうか。
中谷さん:
一つに、課題先進国である日本で起こったことは、直に東南アジアでも起こると考えているからです。日本は労働生産性が先進7カ国中最下位(*1)であり、付加価値を生み出す力が弱いと位置付けられていますが、当社の「DX Suite」をはじめとしたソリューションは、この点の解決に貢献しています。まさに、
東南アジアで起こっている「中所得国の罠」や今後進展するであろう高齢化といった社会課題の解決には、労働生産性の向上が不可欠であり、貢献したいという思いがあります。
「中所得国の罠」は、国が中所得国までは経済発展したものの高所得国に至れていない状況を指しています。タイやマレーシアは中所得国の罠に陥っていると言われています。彼らがデータ入力の仕事を続けていても、生産性の向上には限界があります。そのため、より付加価値の高い仕事ができず、給与は上がらないため、高所得にはなれません。こうした課題にも、あらゆる企業・団体のDXを支援するAI inside のAIプラットフォームが貢献できると確信しています。
もう一つ、「競合」という観点から東南アジアを選びました。
AI-OCRの導入の効果として最も分かりやすい指標は、「人件費との代替」です。当然、当社のAI-OCRは、人件費との代替以上の提供価値はありますが、欧米のような、日本と似た給与水準の国の方が、その効果が高く、導入が進みやすいのは事実なんです。しかし当然ながら、競合も多く存在しています。一方、東南アジアは、それら競合企業がまだ参入を出来ていない、積極的に展開が出来ていない市場でもあります。既に多くの日系企業が進出をしており、距離的、文化的にも相互理解しやすい環境であることに加え、高い経済成長率を保持しています。
東南アジアは、人口も多く成長率が高いのに競合が少ない魅力的な「ブルーオーシャン」と言えます。
(*1) 日商 Assist Biz 「低迷続く日本の生産性 先進7カ国で最下位」 https://ab.jcci.or.jp/article/61573/
書類のサインは青ペンで ― タイの根強い「紙文化」
― 東南アジアの中でなぜ「タイ」を選ばれたのでしょうか。
中谷さん:
経済指標、平均給与、人口、日系企業の進出数、社会的な背景などを総合的に判断しました。この中でも特に重要視したのが、
言語と社会的な背景です。
当然英語圏への進出も考えていますが、ローカル言語圏では、日本と同じような圧倒的なシェアを獲得することができると考え、進出の優先度を高くしました。また、先に述べた中所得国の罠に加えて、タイは東南アジアで最も高齢化が進行している点、これはまさに日本と共通です。
タイを選んでからは、経済産業省とJETROがおこなっている日ASEANにおけるアジアDX促進事業の公募で、「
タイにおける業務自動化に資するAI-OCRの開発・導入実証事業」が採択されたりと、国にも後押しをして頂きながら進めています。
ジェトロ、在タイ日本大使館、タイ通信大手トゥルー・グループ共催の日本のスタートアップなどによるタイ財閥へのピッチイベント「Rock Thailand#4」にAI inside社 執行役員CRO 谷 槙太郎さんが参加
― 実際にタイでPoC(概念実証)をやられて、手ごたえはございましたか
中谷さん:
企業の数だけ状況が異なるため、一概に断定することはできませんが、100社ほど企業訪問をした中で共通していることは、彼らのビジネスの中に紙が山のようにたくさんあるということ。
タイでは紙の文化が根強いということです。
例えば請求書一つにも手書きによるサインが必要な企業がほとんどで、原本だと判別するために署名用の青ペンを誰もが使っています。
これほどの紙が現場にあるタイでなら、「DX Suite」がタイ企業のDXに貢献できるという感触がありました。
また2020年には、「DX Suite」の多言語モデルを搭載してタイ語対応も進めてきており、タイ語の読取精度も高まっています。実際に現地でも「手書きのタイ語もこんなに読み取れるのか」という声もいただき、手応えを感じはじめています。
日本のビジネスモデルを海外で応用する
― タイでのビジネス展開にあたり、AI inside社には複数のソリューションがある中で、なぜまず「DX Suite」を選ばれたのでしょうか。
中谷さん:
まず、日本における「DX Suite」の売上が拡大していることが大きいです。これは、既に日本でのビジネスモデルが確立していることを意味し、このビジネスモデルを海外でも活かそうと考えました。
日本語以外では英語・中国語・タイ語・ベトナム語に対応している
タイと日本を比較すると、タイは5〜10年前の日本と近い状況であると感じています。当時の日本は、RPAによる業務自動化が進み、紙帳票などアナログデータの業務も自動化すべく、AI-OCRに注目が集まり始めたタイミングでした。同じような状況がタイではこれからやってきます。つまり、
タイには、現地の企業と協働していくことで、AI-OCRによる課題解決や事業創造ができる市場がまだまだたくさんあるといえるでしょう。
― 具体的にどのような規模の企業をターゲットにタイ市場へ参入する計画ですか
まずは、大企業から導入する事を考えています。そもそも大企業は、対象となる帳票が膨大に存在する可能性が高く、導入による大きな費用対効果が見込めます。
もう少し具体的に説明すると、大企業は取引先が数万社にも及び、書類の処理に100人単位の労働力を割いているケースもあります。AI-OCRはこのような労働力をAIによって補完するわけですから、当然大手の方がAI-OCRを導入するインセンティブが高くなります。またセグメントで言えば、取引先の数が圧倒的に多い「製造業」や「金融」に注力したいと考えています。
しかし、
我々の考える社会課題の解決とは、企業の規模を問うものではありません。まずは大企業からスタートしてプロダクトを洗練させた上で、最終的には会社数の多い中小企業へのビジネス展開し、タイ企業全体の課題解決をしていきたいです。東南アジア進出の意義やビジネスの拡張性を考えた場合、中小企業への展開も必須です。
サービスを現地にアジャストさせる方法
― プロダクト提供にあたり、日本とタイではどのような違いがあるのでしょうか。また、タイでのサービス展開にあたり、どのような工夫をされていますか。
中谷さん:
まず、AI-OCRというと、ある程度フォーマットが決まった「定型」と「非定型」という二つのモデルのうち、ボリュームもありアジャストがしやすい定型からはじめています。
定型の典型といえば、ローンやクレジットカード、口座振替の申込書など、誰が書いても同じフォーマットをイメージしていただければと思います。こちらは読み取る箇所が同じなため容易に設定ができます。一方、非定型の典型は請求書のように、各社によってフォーマットが全く異なるものです。
当社の「DX Suite」は、日本国内ではシェアNo.1としてあらゆる業界で活用されています。特に金融機関や政府機関などで利用されている「手書」×「定型」フォーマットの読取を強みとしています。
一方で、タイの市場、東南アジアの市場を捉えると「活字」×「非定型」が日本と比べ多く存在しているため、非定型にも早期にアジャストしていく必要があると考えています。
日本での主要ターゲットである金融業界では定型フォーマットを多く扱っていますが、東南アジアでは保険の加入率はまだまだ低く、銀行口座の開設率ですら低い国もあるのが現状です。その一方で、製造業で多くやり取りされる請求書などの「活字」×「非定型」のOCRの必要性が、分かりやすく表面化しています。一例として、タイには日本の全ての自動車メーカーが進出しており、またその系列内の一次請け、二次請け、三次請けの企業までも製造工場を構えています。ここに非定型のニーズが多く存在します。
「DX Suite」を現地にアジャストさせるにあたり、手書き文字の読取精度を向上させることも必須です。精度はデータ量がものを言います。タイ語対応は2020年から始めてはいましたが、日本語と比較すると、タイ語の読取精度向上のためには、まだまだデータ量を確保していきたいです。
よって、
まずは定型モデルからはじめてしっかりデータ量を確保しつつ、タイ語の文字の読取精度を高めていき、ゆくゆくは非定型でプロダクトの質を上げていくという流れで進めていきたいと考えています。
後編では、AI inside社が注目される「パートナーサクセス」と、タイでの「パートナー戦略」を中心にお話をうかがいます