インターネット経由でソフトウエアを提供する「SaaS(Software as a Service)」市場は、ASEAN諸国でも広がりつつあります。マレーシアでは、日本のデジタル庁にあたる政府機関がIT系スタートアップ向けに起業家ビザを発行するなどの後押しを行い、資金調達やエコシステムが実現しやすい仕組みが形成されています。
本記事では、商社在籍中にクアラルンプールに赴任して拠点や新規事業の立ち上げなどを手がけ、その後起業した
NEOLIZE代表の鈴木健吾さんに取材した内容を2回に分けて紹介します。(後編は
こちら)現地での事業展開や在住経験を通じて見えてきたマレーシアのSaaS事情をはじめ、課題や展望、成功しているスタートアップ企業、日本企業が進出する際のアドバイスなどを語っていただきます。
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<鈴木健吾さん プロフィール>
合同会社NEOLIZE代表
最先端の技術を取り扱う専門商社のマクニカ社にて、シリコンバレーやイスラエルのスタートアップとの協業を軸にした新規事業開発や投資業務に関わる。その後マレーシアに代表役員として駐在し、プロダクト拡販や新規事業の立ち上げなどを手がけた。2019年に合同会社NEOLIZEを創業、現地ネットワークを活用して日本の中小企業やベンチャー企業のマレーシア・ASEAN進出支援などに携わっている。
(NEOLIZE公式サイト:
https://neolize.biz/)
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現地人脈を生かし、ASEAN進出を目指すSaaS企業などを支援
―鈴木さんが手がけてきたマレーシアでの具体的業務や、合同会社NEOLIZEの業務についてお聞かせください。
鈴木さん:
在職していたマクニカ社では、シリコンバレーやイスラエルのスタートアップとの協業を軸にした新規事業開発や、業務提携のような形での投資業務に関わり、国内外ITインフラビジネスの立ち上げに従事していました。その後、クアラルンプールに駐在し、拠点立ち上げをはじめ、マクニカ社が扱う半導体商材やネットワークインフラ商材などを現地の日本企業やローカル企業に拡販。新規事業の立ち上げなどにも従事し、海外のスタートアップに投資したり、日本や東南アジア向けの事業を構築したりという業務に携わっていました。
このような業務に関わる中で、現地でのネットワークが広がり、事業立ち上げの支援をして欲しいという声もあったため、2019年にNEOLIZEを創業しました。
日本のベンチャー企業がASEANへ進出するのをサポートするビジネスで、主にマレーシアをASEANへの入り口として活用することを提案しています。
基本的には、ASEAN進出を考えている日本の中小企業のチームに私も加わり、駐在所のような位置付けでマレーシアでの事業支援と推進を支援しています。自分1人では追いつかないような場合は、ローカルパートナーや業務委託メンバーが協力してくれます。
支援先のクライアントは主にIT系企業で、サーバーセキュリティのベンチャーや、SaaSのソフト開発をしているスタートアップなど。SaaS企業の場合はマレーシアでの事業展開を視野に現地で開発拠点や開発チームを立ち上げる考え方で、私は従業員の採用などを一部サポートしています。
仕事風景、オフィス屋上にて 鈴木健吾さん(右)
―事業の立ち上げになぜマレーシアを選んだのでしょうか。
鈴木さん:
マクニカで駐在している時に、マレーシアがデジタル産業を創出するための大きなコミットメントを掲げていたためです。国を挙げて独自の産業をつくっていくのを目の当たりにし、自分も何か役立てるのではないかと。コミットメントでは単に方針を打ち出すということにとどまらず、
海外企業の誘致や人材育成などアクセラレータプログラムがきちんと用意されていました。エコシステムを形成していく政府機関や民間企業もあり、予算捻出も始まっていたのです。
これらの動きを見ていて、自分もこうした領域に軸足を置いて支援体制をつくることで、日本と東南アジアの橋渡しができればと考えました。シンガポールやインドネシアなどと比べると、マレーシアは市場規模やスピード感、投資額がまだまだ未成熟ですが、駐在を通じて自分のローカルネットワークが構築できた中で、自らも挑戦できるかもしれないと思ったのです。
国家施策としてIT系スタートアップに起業家ビザを発行
―マレーシアが打ち出したコミットメントとはどのような内容でしょうか。
鈴木さん:
国家施策としては、日本のデジタル庁にあたる「
MDEC(エムデック)」が、ITを使ったスタートアップ向けに発行する起業家ビザ「MTEP(エムテップ)」があります。デジタルテクノロジーを介在させたスタートアップに対し、マレーシアに居住可能なビザが提供されるもので、世界中のテック起業家が取得できる仕組みです。海外からも投資を呼び込み、マレーシアのデジタル経済を前進させることを目的としたもので、テクノロジー企業数の拡大や雇用の創出を目指しています。
現在のマレーシアは都市部を中心に、デジタル化が完全に生活に根付いています。MTEPの取得が可能なのは
クラウドやAI、ドローン、アプリなどのテクノロジーを使ったIT系企業で、取得企業の中にはHRテックなどSaaS分野のスタートアップもあります。
―マレーシアでは起業家などを育成・支援するスタートアップエコシステムがうまく回っているようですが、どのような形なのでしょうか。
鈴木さん:
実際に支援を行う行政や投資家、支援団体といったエコシステムビルダーとしては、まず国絡みではMDECをはじめ、投資と起業家育成プログラムを手がける「
MRANTI(マランティ)」という政府機関があります。民間では、エンジェル投資やシードフェーズ投資に特化したベンチャーキャピタルや、中国財閥系のサンウェイグループなどがアクセラレータプログラムを展開。現地大手企業とスタートアップの協業による事業構築などを支援しています。
エコシステムでは2021年のアーリーステージスタートアップへの投資額が200億円ほどになり、
シンガポール、インドネシアに続いて3番目くらいです。2015~2016年頃から国のデジタル政策にのっとって、MDECやMRANTIが現地企業への投資や大手企業との連携を手がけてきました。4~5年前から比べると、最近は海外企業も含め投資を受けたり事業実績につながったりするスタートアップが増えてきました。
ただ、マレーシアのスタートアップはテック系も含めると2022年1月時点で約5,000社あるのですが、中には
事業内容が未熟な企業も目立ちます。マレーシアはスマホ所有率がほぼ100%ということもあって国民はデジタル化への抵抗感がないため、フィンテックで言えば「アプリ1つで家のローンが借りられる」というような安易なプロダクトが乱立。せっかくエコシステムが構築されても、スタートアップ自体が未成熟で小粒というイメージは否めない市場感といえます。