タイの電気自動車(EV)市場における中国企業の勢いが今年も堅調だ。運輸省陸運局がこのほど発表した25年1月のEV新規登録車台数統計によると、首位は米テスラと世界市場を争う比亜迪汽車(BYD=Build Your Dream)の4362台で市場占有率(シェア)は35.4%。2位が長安汽車(Changan)の1773台(同14.4%)で、以降7位までを中国勢が独占。他国車が登場するのは8位のボルボ(スウェーデン)が最高位だった。その後も11位までを中国企業が占め、日本企業の名がランキングに出てくるのはホンダの19位(34台、0.9%)。トヨタに至っては登録台数ゼロ(0台)と、未だに後発感は否めない結果となった。25年もタイのEV市場は中国企業の独断場となりそうだ。
低迷続けるタイ自動車市場
24年のタイ自動車業界は市場全体が低水準に推移した。タイ工業連盟によると、生産台数は2年連続のマイナスとなり前年比19.9%減の146万8997台と大きく落ち込んだ。1トンピックアップトラックなど国内の商用車生産が5割減と急ブレーキを余儀なくされたことが響いた。乗用車も全体で前年比13.5%の二桁減少だった。工業連盟は24年当初、年間の生産台数を190万台と弾いていたが下方修正を繰り返し、最終的にはコロナ禍に見舞われ143万台で終わった20年や、大洪水で生産が止まった11年以来の低い数字となった。
販売も低調だった。タイ国トヨタ自動車のまとめによると、24年一年間の新車販売台数は前年比26.2%減の57万2675台と09年以来の大きな落ち込みとなった。中でも日系メーカーの低迷が顕著で、1トンピックアップトラック市場では38.4%のマイナスと突出した。乗用車と商用車を合わせた全体でも日系メーカーの下落幅は市場全体のそれを上回る27.2%減を記録。メーカー別ではトヨタが17.1%減の22万356台。1トンピックアップトラック市場を牽引してきたいすゞにあっては実に43.7%減の8万5582台。ホンダも18.8%減の7万6574台と振るわなかった。
輸出も伸び悩んだ。バンコク日本人商工会議所自動車部会によると、24年通年の自動車輸出台数は世界の大手9社全体で前年比9%減の101万9213台だった。首位のトヨタが11%減の33万8107台。2位の三菱が15%減の21万4756台。3位の米フォードが5%増の18万4171台と健闘したものの、4位のいすゞが16%減の10万7759台と振るわなかった。他に前年よりも上回ったのは、マツダの17%増、ホンダの3%増だけ。アジア、オセアニア市場向けでともに2割以上のマイナスとなったことが響いた。
■24年タイ自動車生産台数と増減(タイ工業連盟)
乗用車 55万8440台 前年比13.5%減
商用車 91万557台 同23.4%減
全体 146万8997台 同19.9%減
■24年タイ新車販売台数と増減(タイ国トヨタ自動車)
乗用車 22万4148台 前年比23.4%減
商用車 34万8527台 同27.9%減
(うち1トンピックアップトラック 20万190台 38.4%減)
全体 57万2675台 同26.2%減
(うち日系メーカー 43万9378台 27.2%減)
■24年タイ完成車輸出台数と増減(バンコク日本人商工会議所自動車部会)
トヨタ 33万8107台 前年比11%減
三菱 21万4756台 同15%減
フォード 18万4171台 5%増
いすゞ 10万7759台 16%減
日産 6万2386台 22%減
マツダ 5万9564台 17%増
ホンダ 5万972台 3%増
全体 101万9213台 9%減
新車の4台に1台がEVへ
EVの新車登録台数も減少したものの前年比10.2%減にとどまり、ガソリン車を含む市場全体からみれば下げ幅は小さかった。陸運局によると、24年一年間のEVの新車登録台数は6万7954台。新車全体の14%を占めた。EVの割合は年々高まっており、24年12月単月では20.8%に上昇。25年1月はさらに伸びて22.8%と拡大が続いている。新車の4台に1台がEVというところにまで手が届くまでとなっている。22年前半時点では1%にも満たなかったタイのEV市場が、コロナ禍や自動車不況といった低迷期にあっても拡大を続け、着実に社会に浸透している実態が浮き彫りとなった。
その牽引役を務めているのが、前年23年から躍進の続く中国メーカーだった。比亜迪汽車(BYD)製EVは24年一年間で2万6847台が新車登録された。市場に占めるシェアは39.5%と全体の4割近くにも達し、EV市場の先頭を走る。2位に付けたのは中国の自動車大手の一つで、タイCPグループの資本も受け入れてきた上海汽車集団(SAIC)。供給するブランドMG(名爵)の登録台数は8261台、シェアは12.2%だった。3位は合衆新能源汽車が展開するブランドNETA(哪吒汽車)で7969台が新規登録され、シェアは11.7%だった。これら上位の3ブランドだけで、タイのEV市場の3分の2を占める。中国メーカー全体では81.5%に達した。
中国メーカーがタイのEV市場を引っ張る構図は、25年になっても変わらないとみられている。陸運局が1月末現在でまとめたデータによると、1月の一カ月間だけで登録されたEVの新車台数はBYDがトップで4362台、シェアは35.4%だった。2位は12月から順位を上げたDeepal(長安汽車)で1773台、シェアは前月から倍増の14.4%だった。以下3位から7位までも中国勢が占め、9位から12位も再び中国企業が独占した。25年になってから新たにランキングした車種もあって、1月末時点で延べ13の中国EVのブランド(メーカー)がタイ市場に参入していることになる。中国メーカー全体のシェアはさらに上昇して圧巻の94.3%を数えるまでとなった。
■タイ市場におけるEVの新車登録台数と割合(陸運局)
24年通年の全新車登録台数 48万6963台 うちEV台数 6万7954台 割合14.0%
24年12月の全新車登録台数 2万4659台 うちEV台数 5135台 割合20.8%
25年1月の全新車登録台数 5万4099台 うちEV台数 1万2321台 割合22.8%
■25年1月のタイEVブランド(メーカー)別登録車台数(陸運局)
BYD(比亜迪汽車) 4362台 シェア35.4%
Deepal(長安汽車) 1773台 14.4%
MG(上海汽車) 1359台 11.0%
AION(広州汽車) 1035台 8.4%
NETA(哪吒汽車) 985台 8.0%
DENZA(騰勢) 769台 6.2%
ORA(長城汽車) 514台 4.2%
ボルボ 257台 2.1%
JAECOO(奇瑞汽車) 249台 2.0%
Zeekr(吉利汽車) 183台 1.5%
Omoda(奇瑞汽車) 157台 1.3%
Xpeng(小鵬汽車) 123台 1.0%
Mini 91台 0.7%
BMW 87台 0.7%
KIA 83台 0.7%
AVATR (長安汽車) 68台 0.6%
テスラ 68台 0.6%
Wuling(上海汽車) 42台 0.3%
ホンダ 34台 0.3%
全体 1万2321台 100%
うち中国メーカー計 1万1619台 94.3%
※DENZAはBYDと独ダイムラーとの合弁だったが、現在はBYD傘下。AVATRは長安汽車と中国通信大手ファーウェイの協同設立会社。
中国EVがタイ市場に浸透したワケ
タイのEV市場において、中国メーカーが破竹の快進撃を続けてきたのには理由がある。そのまず一つ目に挙がるのが、東南アジア諸国連合と中国間で締結された自由貿易協定(FTA)の存在だ。タイに自動車を輸出する場合、アセアン中国FTA(ACFTA)があれば通常なら80%もかかる関税が無税(0%)となる。日本とアセアン間にも経済連携協定JTEPAがあるものの、減税は20%止まりでこの差は大きい。更なる関税減免措置を申請すれば関税ゼロとなる可能性も残るが、中国優位であることには違いはない。ほかにも手厚い優遇策があって中国企業がタイ進出を強める素地は、そもそも存在していた。
次いで挙げられるのが、22年2月のタイ閣議決定「EV3.0」を受けて始まった政府の補助金支給策だ。EVの購入1台当たり最大15万バーツ(65万円)を助成するという内容で、30年までに温室効果ガスの排出量をゼロにするという政府の国際公約「30@30」にも沿うものだった。
これにより、EVは値段が高いというイメージの払拭がタイ国内で一気に進んだ。人気車種の一つで哪吒汽車製「Neta V」の実質販売価格は約55万バーツにまで減額されたほか、丸みを帯びた猫をモチーフとした長城汽車製の「ORA good cat」も最低価格が約76万バーツまで引き下げられた。この結果、例えば日本車EVの平均的な価格である1台当たり100数十万~300数十万バーツとの乖離はますます進み、客層が中国EVに流れる直接的な要因となった。
ただ、補助金の支給を受けるには条件があって、これを活用しEVをタイに輸入販売した外国企業は24年以降、輸入した分と同じ台数のEVをタイ国内で生産するよう義務付けられた。24年中に達成できなかった場合には、25年のノルマが1.5倍に膨れ上がるという懲罰的な条項もあった。
24年以降に始まったEV3.5でも原則は引き継がれ、懲罰条項は3倍にまで引き上げられた。作り過ぎとなるかもしれないEVをこの先どのように取り扱うかを考え、制約を嫌って申請しない海外メーカーも少なからずあった。が、そうしたリスクを負ってでも、中国企業はタイに進出する道を選び今日の地位を築いた。
現在、タイに進出するEVメーカーは10数社。ブランド数は少なくとも13に上る。このうち上海汽車と長城汽車の2社が内燃機関車やハイブリッド(HV)車向けの既存工場を持ち、EV工場への転換を進めている。このほか、比亜迪汽車や長城汽車、長安汽車、広州汽車、哪吒汽車、奇瑞汽車、EVバスなどを生産する商用車メーカーの福田汽車などがタイ工場建設に向け資本投下している。
以下は、中国EVメーカー各社の現状とタイでの取り組み。カッコ内は主なブランド名。
・比亜迪汽車(BYD)
・長安汽車(Deepal)
・上海汽車(MG)
・広州汽車(AION)
・哪吒汽車(NETA)
・騰勢(DENZA)
・長城汽車(ORA)
・奇瑞汽車(JAECOO、Omoda)
・吉利汽車(Zeekr)
・小鵬汽車(Xpeng)
中国通信・電子企業も相次ぎ参入
中国EVメーカーの海外進出に合わせて、電気自動車に欠かせないスマートコクピットや対象物までの距離や形を自動計測するLiDARセンサー、カメラなどの各種ハードウエア類と、これらを制御するスマートソリューションを手掛ける通信メーカーの存在感も近年増している。その中でもひときわ注目を集めているのが中国通信最大手のファーウェイ(華為)だ。
同社は、EVブランドのJAECOOやOmodaを供給する奇瑞汽車と新たなブランドの「智界汽車(Luxeed)」を立ち上げ共同運営を開始した。重慶市に本社を置く賽力斯集団(セレス)とも新ブランドの「問界(AITO)」プロジェクトを始め、タイなどEV需要の多い海外市場への進出を加速させている。また、ファーウェイはEV大手の長安汽車などとも技術協定を締結。傘下企業を通じてスマートカー事業にも本格参入を始めている。中国EVメーカーの海外展開の背後に同国の通信大手が存在しているのは、もはや既成事実となっている。
EV生産に必要な鉄鋼、ゴム、電子部品や各種設備、修理用部材などの関連企業も一斉に市場参入するのが中国EV進出のやり方だ。タイ工業団地公社(IEAT)によると、中国EVの進出に相まってタイ東部にある工業団地7カ所にこれまで600近い中国系工場が建設されている。投資総額は約5500億バーツに及び、タイ人15万人以上を雇用。工業団地の周辺には小規模な〝中華街〟も出現して、中国語があふれるばかりとなっている。
中国系企業が進出する工業団地はラヨーン県が最も多く、アマタシティー・ラヨーン工業団地で投資総額は約2200億バーツ。次いでWHAイースタンシーボード工業団地1の約400億バーツ、同工業団地2の約300バーツなど。これに続くのが、サムットプラーカーン県にあるアジア工業団地の約295億バーツとなっている。これらの工業団地にはBYDや長城汽車、上海汽車などの傘下・関連企業が工場群を展開している。
今年1月には、電子制御に必要なプリント基板(PCB)を生産する中国PCB大手の仙頭市泰華電子がタイに進出することが明らかとなり話題を呼んだ。同社は24年7月に現地法人タイファ・エレクトロニクス・テクノロジーを設立。東部プラチンブリ県にある304工業団地に工場を開設した。ここで、一般向けの2層基板から高度通信向けの20層まで高度産業用の多層基板も生産するとしている。
日系ほか各国メーカーの動向
こうした中国勢のタイ進出に対し、他の国々のEVメーカーは総じて模様眺めの状況だ。ドイツのメルセデス・ベンツは24年のタイ販売台数が前年比3割減の9189台と落ち込んだ中にあっても、価格の見直しには否定的。価格競争には加わらないとしたが、タイの中間層がどう反応するかは予断を許さない。
韓国の現代自動車もタイ国内における24年の販売台数が目標の4000台に届かない中、25年の目標を前年比30%増の5000台超に置き、価格の見直しには消極的な立場だ。ただ、同社は販売後のアフターサービスの強化に力を入れ、販路の拡張を目指す。サービスセンターの存在しない地方については移動サービス車によって巡回体制を取るほか、ショールームを併設しない小型のサービスセンターも新たに設置する。一方、EV専用の組立工場をバンコク東郊のバンブー工業団地内に開設し、26年早期の生産開始を目指す。
スウェーデンのボルボは、タイでのEV販売が伸び悩んでいることから、昨年決定した全生産のEV化を撤回し、今年もハイブリット車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)の生産を継続することにした。同社は自動車各社が販売台数を減らし業績が悪化する中、わずか1%だが販売台数を伸ばした数少ない一社。それでも市場の冷え込みに対応して、戦略の見直しを行うことにした。
一方で日系は、ホンダとの経営統合が破談した日産がタイ工場の一部閉鎖を決めている。同社は2013年まで10万台を超える国内販売を維持してきたが右肩下がりを続け、24年には9427台と1万台の大台を割り込む事態に。シェアも1.6%に止まっている。こうしたことから、生産ラインの統廃合などで大幅な人員削減を進める方針だ。工場の一部閉鎖はこの一環となる。
これまで日産は、06年には3億米ドルを投じて部品工場を設立すると表明。14年には37億バーツを投じて第2工場を開業した。16年には研究開発(R&D)に新たに10億バーツを追加投資。R&Dのテストセンターも設置している。バッテリー製造などを手掛ける子会社のニッサン・パワー・トレイン(タイランド)も立ち上げたが、水泡に帰す可能性が高い。
これに対し、昨年タイからの輸出を伸ばしたマツダは、EVなど電動車をタイ市場に投入すると発表。25年からの3年間で、EV2車種、HV2車種、PHV1車種の計5車種の販売を開始するとした。また、現地でHV車の生産に50億バーツを注入する考えも表明。東部の工場で多目的スポーツ車のSUVを生産するとした。タイ市場でEV化が進むことに対応した措置だ。
新しもの好きのタイ市場
バンコクの主要な国道などを走行していると、このところ数を増した中国EVの存在に気が付く。丸みを帯びたデザイン、反対に角張ったデザインなどその多様性と個性にも圧倒される。中国産のEVはとかく低価格ばかりに関心が向けられるが、それだけではない〝何か〟があることを感じて止まない。消費者心理もそこに吸い寄せられるのだろう。
こうした中、車好きのニッチなタイ人消費者の間で、国内では未発売のとある車種の販売開始がネット上で話題となっている。待ち望まれているのは、米テスラが19年11月に販売を開始したフルサイズ電動ピックアップトラック「テスラ・サイバートラック」。戦車を思わせる角張った外形は、ただひたすら個性的。1トンピックアップトラックが広く普及するタイで、心待ちにされている一台となっている。
同様にネット上で話題となっている車種に、ベトナムのEVメーカー、ビンファストが24年のバンコク国際モーターショーで初お披露目した新コンセプト・ピックアップトラック「VF・WILD」もある。テスラ・サイバートラックと似た機械的な外観。こちらは流線形が採用されているものの、映画ターミネーターにも出てきそうな近未来を感じさせている。乗った時のワクワク感はたまらないはずだ。
こうした〝新しいもの〟がタイ人消費者はとにかく好きだ。時には、価格さえ二の次となる。中国EVがタイで存在感を増す中に、こうした考慮がされてきたことは疑いもない事実だろう。EV3.0やEV3.5のペナルティーさえも厭わずタイ進出を続ける中国EV。その選択と決断が正しかったかどうかの結果が出るのは、間もなくのことだ。
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