海外への進出には「外資規制」の壁が立ちはだかりますが、ベトナムでは2007年のWTO(世界貿易機構)への正式加盟後に外資規制が大幅に緩和され、外資企業による投資が増加傾向です。ただし、基本的に卸売業や小売業は外資100%での参入が可能となったものの、依然として出資比率に関する制限が課されているサービスもあります。加えて、出資比率規制以外にも条件付きでのみ外資企業の活動が認められている分野も存在するため、進出前には十分な確認が必要です。
本記事では、ASEANなどの法務に特化した日本の法律事務所「One Asia Lawyers」のベトナム事務所で、企業法務を手がける松谷亮弁護士に取材した内容を紹介します。ベトナムの外資規制の内容や個人情報保護法などの法的リスク、今後の規制緩和、進出前に押さえておくべきポイントなどを語っていただきます。
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< 松谷亮氏プロフィール >
弁護士(One Asia Lawyers所属)
日系大手のIT企業および化学・電子部品メーカーにて社内弁護士として合計6年間勤務後、2019年よりOne Asia Lawyersベトナムオフィスへ入所。クロスボーダーの新規事業開発案件、取引相手との紛争処理案件、知的財産に関する契約交渉、紛争処理案件を数多く経験しており、IT・製造業の法務案件を専門とする。
(One Asia Lawyers公式サイト:
https://oneasia.legal/)
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IT系の進出は国内法に合わせて個別確認が不可欠
― まず、松谷さんのご経歴や現在ベトナムで行っている業務についてお聞かせください。
松谷さん:
日本で製造業やIT企業の社内弁護士として国内IT企業の法務について一通り対応し、製造業では国内法務以外に、東アジア・東南アジアの法務案件にも対応していました。
2019年からOne Asia Lawyersのベトナムオフィスの代表として、ベトナムへの新規進出やM&A、会社設立、各種コーポレート案件などの法律業務に携わっています。最近はベトナムへ進出済みの日系企業が事業を拡大する際のサポートをさせていただく機会が増えているのですが、ベトナムで事業を行うには日本と比べ物にならないほど行政手続が複雑で手間がかかるため、そういった業務のサポートも実施しています。
クライアントに関しては、日本・シンガポールのASEAN統括拠点の法務部がASEAN各国に所在する現地法人の法務案件の対応をしていることが多く、クライアントサイドも、書籍、インターネット、及びセミナーを通じて多くの情報を得ています。弊所には、それでも確認ができない事項の調査や、実務運用などの詳細な点についての相談をいただいています。ベトナムは、朝令暮改(朝に出した命令を夕方にはもう改めること)で法改正がなされる国であるため、目新しい切り口での相談が多く、各案件について調査や判断を行うのは大変難しいのですが、一方で、単に過去事例を調べるのではなく、新たな事例を作ることができるという点で、おもしろくてやりがいがあるといえます。
― ベトナムの外資規制の概要を教えてください。
松谷さん:
ベトナムは共産主義国のため、1975年にベトナム戦争が終戦した後しばらくは政府主導の計画経済政策が導入されており、外資企業の進出は限定的でした。しかし、1986年にドイモイ政策によって市場経済への移行、さらにWTOへの加入などによって徐々に外資企業にもベトナム市場が開放されていきました。その後、さらなる外貨獲得による国内経済発展のため、国内法によって、少しずつ外資規制を緩やかにしていっているのがベトナムの現状といえます。
ベトナムでの外資規制の確認方法ですが、まず
WTOコミットメントや日越を含む国際協定の内容を確認し、次にベトナム国内法を、それでも明確でない場合は現地の弁護士やコンサルタントを通じて、当局への確認を実施するといった流れになります。
外資規制の強さという点では、共産主義国家のため土地の所有権がすべて国家に帰属しており、土地に関する外資規制は厳格です。土地価格の高騰も続いており、現在では、現地企業ですら土地使用権の取得は難しいのが現状といえます。また、通信・報道・出版については国家機密の中枢にかかわる分野であるため、この分野における外資規制も厳しく、医薬品の小売りライセンスの取得ができないということも知られています。つまり、
土地使用権を伴う事業、通信・報道・出版、及び医薬品の小売りの領域が、ベトナムにおいて特に外資規制が厳しい分野ではないかといえます。
医薬品など一部の例外を除いて、外資規制上、卸売業や小売業については、ベトナムでは2009年から外資100%での参入が可能なものの、現実的には当局により制限されている状況です。特に小売業については、ベトナムでは零細企業のような小さい店がほとんどであることもあり、自国の産業・市場を守るという意識が強く、大手小売の参入は、引き続き当局がコントロールしています。
電子商取引(EC)については、基本的には出資規制がないのですが、新しい分野のためまだ規制内容が明確ではありません。ECを実施する際には、小売のライセンスに加えてECのライセンス取得やサイト登録など面倒な手続きが多くなります。ルールは現地企業と同じでも外資企業の場合には厳格に法規制を遵守する必要があるため、結果的にビジネスを実施するハードルが高くなります。
電気通信事業を実施する場合は、外資企業は基本的に49%までしか出資できません。サーバー関連企業の場合、データセンターの設置は可能ですが、外資規制に加えて国内法上のさまざまな規制をクリアする必要があります。最近、NTT社が大規模なデータセンターを設置するために現地企業と合弁企業を設立したことが話題になりましたが、通信インフラを伴うサービスのためか、NTT社側の出資比率は49%となっています。
他方で、IT関係、特にオフショア開発事業であればベトナムはとても進出しやすい国です。サービス内容によっては外資規制が存在する場合もありますが、IT関連のオフショア開発、BPO(事業の一括外部委託)業務などについては、外資企業に対する出資制限規制はなく、100%外資企業による事業実施が可能です。
日系IT企業の多くは上記のオフショア開発、BPO業務を実施しており、関連会社のIT業務などをまとめてベトナムで対応することでコストを削減しようとする動きが目立ちます。この動きは日本だけではなく、他の国々も同様の状況であると認識しています。
先日、あるオフショア開発企業がいっきに150~200人を人材採用するというニュースが流れましたが、優秀なIT人材の争奪戦が激化しているように見受けます。このような状況ですから、新規にベトナムに進出する日系企業も優秀な人材をどのように確保していくかという点は、ベトナム事業での大きな課題となってくるのではないかと推測されます。
SaaSではHR分野など業務効率化ツールの規制が比較的緩やか
― 通信インフラを使わないSaaS企業の場合はどうでしょうか。
松谷さん:
通信インフラを伴わないIT関連事業は、WTOコミットメントにおいて外資規制がないとされています。ただし、SaaSなどで提供するサービスの内容によって、別途外資規制が存在する場合があります。外資企業がSaaSなどでサービスを提供する場合、サービス内容を確定させたうえで、出資比率規制の有無だけでなく、国内法上の規制内容などを個別に確認していく必要がある点には注意が必要です。
例えば金融系や教育系のサービスなどは、多くの外資規制が存在するため、実施するにはなかなかハードルが高いといえます。他方で、業務効率化ツールのようなものであれば、外資規制が存在しないため、比較的柔軟にサービス展開ができると考えられます。
― 2021年1月に国内で「改正投資法」が施行されましたが、旧投資法と比べてどこが変わったのでしょうか。
松谷さん:
「改正投資法」と旧投資法を比べても、それほど大きな違いはありません。改正投資法は、旧投資法で個別法にバラバラと定められている外資規制の内容を統一的に把握できるような形で整備がなされていますが、現実的にはそういった整理は難しいようで、依然として個別法の詳細な確認が必要な状況にあります。なお、IT関連事業に関しては、旧投資法下においても外資規制は存在していませんでした。
後編では、ベトナム進出で事前に抑えるべき内容、個人情報保護、IT業界の規制についてご紹介します。
<参照URL>
投資禁止分野分野リスト
https://vietnaminvest.gov.vn/SitePages/News_Detail.aspx?ChuyenMuc=3&ItemId=181
条件付き投資分野
https://vietnaminvest.gov.vn/SitePages/News_Detail.aspx?ChuyenMuc=3&ItemId=16
JETROホームページ
https://www.jetro.go.jp/world/asia/vn/invest_02.html
JICAホームページ
https://www.jica.go.jp/index.html
法律図書館ホームページ
https://thuvienphapluat.vn/