新型コロナの感染拡大により多くの国々が経済的・社会的混乱に陥っていますが、ベトナムは感染者数が比較的少なく、抑え込みに成功している国の一つといえます。生活や働き方などもコロナ前後で大きな変化はありませんが、世界的なIT化の流れにより、ベトナムでも近年、政府主導でDXが推進されています。
そこで今回は、日本企業のオフショア開発を手がける(株)ハイブリッドテクノロジーズの創業者チャン・バン・ミン氏への取材をもとに、ベトナムにおけるDX推進の現状や企業の動向をリポートします。
ベトナムでは新型コロナウィルスの国内感染者がまだ10人程度だった2020年2月初旬に、ウィルスや感染者の情報をまとめた公式アプリをいち早くリリースし、徹底して手洗いや消毒などの感染防止策を呼びかけました。また、市中感染者が出ると直ちにその地区のロックダウンを敢行するなど、厳しい措置が取られています。
海外との往来規制も厳しく、ベトナムに入国する際は、入国前のPCR検査陰性証明、入国後3週間の強制隔離、さらに1週間の自宅待機が求められます。強制隔離中は政府指定の施設(外国人はホテルも選択可能)で軟禁状態となり、部屋から出ることもできません。また、自宅待機中に外出し、その後陽性反応の出たベトナム人が刑事罰の対象になるなど、政府の対応は日本よりかなり厳しくなっています。
その結果、2021年5月30日時点での累計感染者数は7000人程度と、他の国々に比べるとかなり抑えられています。
こうした状況下で、職場環境や人々の働き方についても、日本のようにリモートワークを導入する企業が急速に増えるといった劇的な変化はありません。マスク着用などの感染防止策はもちろん取られていますが、多くの人々が普通に会社に行って働いており、コロナ前後での変化はそれほど感じられません。
一方で、ベトナム政府はコロナ以前から国家プロジェクトとして「インダストリー4.0」を推進しており、製造業をはじめとするさまざまな産業において、オートメーション化・データ化の推進、インフラ構築におけるデジタル化の積極導入などが進められています。たとえば、ベトナムは人件費が安いため、これまでは高速道路の料金所なども機械化が進んでいませんでしたが、最近になってETCや違反取り締まりの自動カメラが導入されるなど、IT化の方向へと動いています。
2020年6月には政府が「2025年までの国家DXプログラム及び2030年までの方針」を発表。2030年までに高度なデジタル国家となることを目指し、さまざまな数値目標を掲げています。
具体的には、デジタル経済のGDPに占める割合を2025年に20%、2030年に30%とすること、行政サービスのオンライン化や業務管理のデジタル化を進め、2030年までに電子政府世界ランキング50位以内に入ること、2025年までに国内すべての区域にブロードバンドネットワークを整備し、インターネットユーザーを人口の90%とすること、世界サイバーセキュリティ指数を2030年までに30位以内にすることなど、さまざまな数値目標が定められています。
こうした政府の動きを受け、ITを活用して生産性や効率性を向上させ、競争優位性を高めようとする企業も増えています。特にこのコロナ禍においては、対面での企業活動が制限されるため、オンライン系やクラウド系のサービスが伸びてきています。
たとえば、HR業界ではBase.vn、TopDev、Vietnamworkの3社の伸びが目立ちます。コロナ以前は、多くの企業が優秀な人材を集めるために企業宣伝のイベントを開催したり、対面での積極的な採用活動を行ったりしていましたが、コロナによってそれが難しくなってしまったため、こうしたHR系のサービスを活用する企業が増えたのです。特に2016年創業のBase.vnは、わずか数年でベトナムで最も人気のあるビジネス管理プラットフォームとなるなど、急成長を遂げています。
EC系では、アリババグループが率いるLazada、東南アジアでのアプリダウンロード数1位を誇るShopeeに加え、ベトナムの現地法人が展開するTikiやSendoなども順調に顧客数を伸ばしています。
また、旅行系ではBooking.comなどのオンラインサイトがよく使われるようになってきました。OTA(インターネット上のみで取引を行う旅行会社)はベトナムにおいては黎明期で、これまでは店舗を構えた旅行会社が主流でしたが、コロナ禍で対面サービスがしにくくなったため、急速に伸びてきています。
日本ではECやOTAなどは個人向けのサービスというイメージがあるかもしれませんが、ベトナムでは零細企業が多いこともあり、企業がオンラインショップでサーバーなどの必要機材を購入するといったことが日常的に行われています。企業イベントを行う際にもレビュー系のサイトを使って会場探しをしたり、ベトナムのグルメサイトFoodyを仕事上でも活用するなど、B to Cのサービスが企業活動においても重要なビジネスツールとなっているのが現状です。ベトナムでの事業展開を考える際には、こうした現地特有のビジネス事情も念頭に置いておくとよいでしょう。
<チャン・バン・ミン氏プロフィール>
ベトナム国家大学ハノイ校卒業(ファイナンスマネージメント専攻)。日系上場企業のベトナム法人代表、ベトナム最大手のIT企業FPTグループの日本法人代表を経て、2016年に(株)ハイブリッドテクノロジーズを創業。現代表取締役社長に就任。東証一部上場企業、株式会社エアトリの資本参画により、エアトリグループとなる。