【2020年1月24日】公開
近年、著しい経済成長を遂げているベトナム。
2018年の実質GDP成長率は7.1%と過去10年間で最も高い伸び率となり、多くの外資系企業からもビジネス進出先として注目を集めています。
中でも製造業においては、人件費の安さや豊富な労働力などが大きな魅力となっています。
今回は、産業用ロボットや工作機械の輸出業務に長年携わり、ベトナムの自動車産業にも精通しているJETROアドバイザーの方にお話を伺いながら、ベトナムのビジネス概況や企業参入のポイントなどをご紹介します。
製造業進出で成功する秘訣は「旬の場所」を知ること
製造業では、工場のファクトリーオートメーション(FA)化に伴い、産業用ロボットや工作機械の導入が進んでいます。
工作機械等の製造・輸出業の市場動向を見ることで、製造業のトレンドの一端を知ることができます。
1980年代は日本の全盛期だったといえるでしょう。
1990年代になると、東アジアの時代がやってきます。
なかでも大きく成長したのが台湾や韓国です。
そして、2000年代に入ってから中国が目覚ましい発展を遂げ、2010年代はASEAN諸国が伸びてきています。
さらに将来を予測すると、2020年代は西アジアの時代になるといわれています。
特に注目されているのは、人口増加と経済規模の拡大が見込まれるインドです。
製造業ビジネスの海外展開にあたっては、こうした「旬の場所」をいかに追いかけるかが、成功のカギとなります。
ベトナム自動車産業の伸びしろとは?
では、ベトナムの現状はどうなっているのでしょうか。
ベトナムにはすでに多くの日本企業が進出しており、約1,800社以上もの現地法人が設立されています。
なかでも自動車産業は非常に有望です。
日本の大手自動車メーカーも1995年にトヨタ、1996年にホンダ、2008年に日産が現地法人を設立して、自動車の製造・販売を行っています。
現在は各社とも輸出向けの割合が大きく、ベトナム国内で販売されているのは現地生産量の10~20%程度ですが、今後はもっと伸びていくでしょう。
というのも、現在のベトナムはまだバイク社会で、自動車の需要はそれほど高くありませんが、経済成長に伴い、自動車を購入する人々が増えると予想されるからです。
具体的には、一人当たりGDPが3,000ドルを超えると、自家用車を買える経済状況になるといわれています。
ベトナムは現在2,000ドル程度ですが、数年後には3,000ドルを超えてくるでしょう。
ですから、2~3年後がターニングポイントとなり、車社会を迎えると予測されます。
ベトナム初の国産車メーカーも。政府挙げての支援に注目!
2019年にはベトナム最大の複合企業ビングループ傘下の「ビンファスト」が、同国初となる国産車を発表し、大きな話題となりました。
自動車大国のタイですら国産車の製造は行っていないことを見ても、ベトナムが国を挙げて自動車産業に力を入れていることが伺えます。
また、現在はエンジンなどの部品は主にタイから調達していますが、タイにおける生産コストが年々上昇しているため、エンジンの製造加工もベトナム現地で行いたいという意向が強くなっています。
日本の各自動車メーカーも、今はまだベトナムは単なる組立工場で、他国から仕入れた部品を使って車を完成させる体制となっていますが、ベトナムの生産技術が向上してきているので、数年のうちには現地でのエンジンの加工が実現するでしょう。
こうしたことから考えても、今後、ベトナムの自動車産業はさらに盛り上がっていくと思われます。
サプライチェーンの確立がネック
一方で、懸念される点もあります。
一番の不安要素は、サプライチェーンが確立されていないことです。
ベトナムではまだ裾野産業が育っていません。
自動車でいえば、末端産業は鉄工業ですが、ベトナム国内には鉄鉱石を溶解する大きな高炉がありません。
現在、プラントの設立が進められていますが、今のところ原材料の調達はタイや中国、韓国などからの輸入に頼らざるを得ないのが現状です。
2019年にはベトナム政府が自動車の原料と部品の輸入関税を撤廃する計画を発表しました。
ベトナム国内で自動車部品を製造するための原材料や組立製造のための部品を対象に優遇税制を設けることで、部品の国内調達率を向上させ、自動車産業育成におけるボトルネックを解消することを目指しています。
このように、裾野分野を強化し、自動車産業におけるピラミッドを確立しなければ、自動車産業の本格的な発展は難しいでしょう。
役人との付き合い方も重要
海外の企業がベトナムへの進出を考える際に念頭においておくべきなのは、ベトナムは新興国の中でも許認可のグレーゾーンが広いということです。
事業ライセンスの申請をする場合でも、先進国であれば認可の基準は法令で決まっていますが、ベトナムではここが極めてあいまいになっています。
では、何で決まるかといえば、役人の裁量です。
ベトナムは社会主義国なので、役人の力が強いのです。
極端な話、黒に近いグレーでも、役人が白だといえば白になってしまう。
ですから、ベトナムで事業を営むのであれば、役人とうまく付き合うことが重要になってきます。
この点を理解して臨機応変に対応することが、ベトナム進出を成功させる秘訣ともいえるでしょう。
現地企業との関係性が重要
近年、世界に広まりつつある自国第一主義。
ベトナムも、その影響を少なからず受けており、自国の利益を優先させる傾向が強くなっています。
ですので、ベトナムでビジネスを行うときには、それを踏まえて、ベトナム企業とうまく渡り合う必要があります。
たとえば公共事業では、請負企業は入札で決まります。
しかし、外資系を含む複数の企業が入札した場合、最終的にはベトナムの企業が落札するというケースが散見されます。
また、外資系企業がベトナムに工場などを建てる場合には、許認可が必要です。
その際に、工事に関わるのが外資系企業のみという体制は避けた方が良いとのこと。
現地企業との合弁会社をつくったり、建設資材を現地企業から仕入れたりするなど、ベトナム企業を積極的に巻き込んでいくようにすると、許認可申請がしやすくなるようです。
工業団地の建設が安全弁に
工場の立地にも留意が必要です。
日系企業や台湾、中国、韓国、シンガポールなどのアジア系企業は、ベトナムに工業団地をつくるケースが多くみられます。
野村不動産や住友商事なども、直系の工業団地を持っています。
その工業団地に、自動車のサプライチェーンを構成する企業を集めるわけです。
こうして、現地の自動車産業にアプローチしていくといった工夫がなされています。
もちろん、大規模な工業団地で工場をつくるには、コストがかかります。
しかし、単独での進出にはリスクが伴います。
工業団地でない民間地に工場を建設しても、政府からの横やりで事業が立ち行かなくなる場合もあるのです。
実際に、単独で工場を建設したものの、「軍事施設をつくるから」という理由で土地を没収されてしまったというケースもあります。
工業団地をつくり、そこに複数企業が進出することで、こうしたリスクを避けることができます。
レンタル工場を使えば、コストを抑えた進出が可能
大がかりな設備投資が難しい場合は、レンタル工場を活用するという手もあります。
ベトナム企業の軒先を借りて事業を始めるという方法で、リスクを減らして事業をスタートできるという大きなメリットがあります。
また、通常は、まず現地法人を設立する必要がありますが、特別なライセンスを受けることで、現地法人なしで操業している工場もあります。
入居するレンタル工場から生産委託を受けるというライセンスを取得することで、日本法人のままで事業を開始できるのです。
いったん、このようにスモールスタートでリスクをおさえつつ、見通しが立ってから現地法人をつくったり、自社工場を建てたりといった方法で、ステップを踏んで進出することもできるのです。
なかにはバックオフィス系の業務まで請け負ってくれるレンタル工場もあります。
貿易業務や従業員の採用、場合によっては設備の調達などもしてくれます。
初めての海外進出で勝手がわからないときや、最小限の人員で事業を始めたいときなどにも利用価値がありそうです。
販路開拓は綿密な情報収集と人脈づくりが成功のカギ
では、生産したものを売る販路はどのように探せばいいのでしょうか。
まずはJETROの事務所や現地の商工会議所(ハノイとホーチミンに1ヵ所ずつ日本の商工会議所があります)などに足を運ぶことで、さまざまな情報を得ることができます。
また、現地にある邦銀の日本支店なども、ビジネス展開に役立つ情報をもっています。
さらに、ベトナムでは、政府とつながりのある人物との人脈を築いておくことも重要です。
たとえば、輸出入の業務では通関でつまずく企業も多くあります。
このとき、管轄部署の役人とコネクションが有利に働くといいます。
製造業では、日本の経済産業省に相当する省庁とのつながりをもっておくことも、大きな強みになります。
ベトナムではビジネスにおいても、こうした付き合いが大切だということに留意しておくといいでしょう。
ホーチミンでは人民委員会がバックアップ
政治の中枢はハノイですが、ホーチミンには人民委員会という組織があり、そこがホーチミン中央行政のトップとなっています。
ですから、人民委員会とのつながりをもっておくと、販売先の企業を紹介してもらえたりして、販路開拓の際も有利になります。
そもそも官僚的な雰囲気の強いハノイに比べ、ホーチミンは政治面でもビジネス面でもかなりフランクで、この人民委員会が企業の集団マッチングの場を設けることなどもあります。
日系企業数十社とベトナムの現地企業数十社が集まって、それぞれが売りたいもの、買いたいものをアピールし、マッチングを行うわけです。
人民委員会とのつながりをもっておけば、こうした機会にも声をかけてもらえます。
その他、基本ではありますが、大使館や領事館などもベトナムに進出する日系企業にとってはよりどころとなります。
領事レベルの人とつながりをもっておくことで、さまざまなビジネスチャンスにつながる可能性もあります。
このように、ベトナムのビジネスでは人脈が事業を成功へと導く重要な要因であるともいえるでしょう。
そのため、コネクションをつくるキーパーソンが現地に腰を据えて、じっくりと関係性を築いていくことが何よりも大切なのです。
どこを拠点とするか
ベトナムに進出する際にまず検討すべきは、拠点を場所です。
ほとんどの場合、ハノイかホーチミンの二択になるでしょう。
ベトナムの産業分布を見ると、ハノイには重工業、ホーチミンには軽産業が多く集積されています。
大ざっぱに捉えると、金属加工や工作機械などの関連メーカーならハノイ、アパレル企業ならホーチミンを拠点にするほうが、成功しやすいといえます。
これはベトナム政府の方針で、首都ハノイに業界を代表する自動車メーカーが集められているためです。
日本からはトヨタとホンダが誘致され、工場も隣り合わせになっています。
一方、誘致されなかったマツダや日産はホーチミンやダナンに工場をつくっていますが、トヨタやホンダの需要のほうが大きいので、金属加工などの企業もハノイに集中しているわけです。
このように、いわゆるティア1、ティア2などの企業が進出する際には、ベトナム政府の政策も調べておくべきでしょう。
外資系企業への優遇措置などもあるので、役所にこまめに足を運ぶなどして情報を収集してください。
製造業としてのライセンス取得が有利
どのような形で事業ライセンスを申請するかもポイントです。
というのも、ベトナムは、GDPを上げるために製造業を重視しており、たとえ商社であっても製造業として申請したほうが有利になるからです。
製造業なら通常は2~3か月で認可がおりますが、商社(とくに輸入商社)の場合は半年たっても申請が通らないということもあるようです。
また、税制面でも優遇措置があります。
製造業として登録するためには、基本的には工場があることが要件となります。
しかし、ちょっとした付加価値をつけるだけで認められる場合もあります。
たとえば、輸入品にソフトウェアを添付して販売するだけでも「製造業」になるのです。
ですから、できるだけ有利に事業ライセンスを取るためにはどうすればいいかということも考えておくべきでしょう。
物流会社とのパイプをもっておく
販路を広げていく際には、現地の企業のことをよく知っておくことも重要です。
まずはJETROの事務所、商工会議所、邦銀の現地支店などに足を運んで、基本的な情報を収集しましょう。
ただし、表面的な情報だけではビジネスはうまくいきません。
より現地の内情に密着した情報に触れるには、現地の物流会社とのつながりも重要です。
物流会社は物を運ぶことで、さまざまな企業とのネットワークを築いていているからです。
こうした物流会社がビジネスパートナーを紹介してくれることもあります。
物流会社のネットワークは広いので、「こういうことをやっている企業はないか」などと相談すると、「その分野ならこの会社はどうか」という形で情報をくれたり、実際にその会社とつないでくれたりするのです。
ベトナムでは物流業界はヒエラルキー構造になっていて、大手の元請けが采配し、中小の下請け企業が実際に荷を運びます。
とはいえ、そのような下請け企業でも、地場のビジネスには精通しているので、多くの情報をもっています。
そうした物流会社の強みを上手に利用しましょう。
ASEAN経済共同体を過大評価しすぎない
ベトナムで事業を始める際に、近隣諸国との連携を視野に入れている企業もあるでしょう。
2015年にASEAN経済共同体(AEC)が発足したことにより、関税の撤廃や投資・貿易の自由化などが進んでいます。
AECが目指すのは物品、投資、サービス、技術労働者などの域内自由化で、これによりASEAN全体の活性化が期待されています。
しかし、実際には自国の利益を優先させたい各国の思惑もあり、必ずしもスムーズにはいきません。
たとえば、ベトナムに組立工場をつくり、部品をカンボジアに生産委託するというのは考えやすいパターンです。
自動車産業の場合、ティア1、2、3といった階層がありますが、ティア3をコストの低いカンボジアやラオスに置くことで、全体のコストダウンが図ろうとするのです。
しかし、カンボジア側にとっては、もっと利益率の高い仕事を自国でやりたいわけです。
AECの建前上は「ASEAN域内はEU域内のような貿易の自由化を目指す」となっていますが、実際にはそれほど自由にはいかないのです。
そのため、仕入れが当初の予定通りにいかず、コストが跳ね上がり、事業計画が頓挫してしまうケースもあります。
台湾を仲介役にすると交渉がスムーズに
ベトナムでのビジネスを成功に導く手段の1つに、台湾企業との連携があります。
国際社会では、日本企業は足元を見られがちだといいます。
たとえば資材の調達でも、5万円が相場のものを、8万円で請求されるといったことが起こりがちです。
しかし、台湾企業を仲介にすると、相場通り5万円の請求になることが多いのです。
売りでも買いでも、台湾企業の交渉力を借りることで、トラブルが起こりにくくなります。
また、台湾にはTJPO(Taiwan Japan Partnership Organization)という半官半民の仲介組織があり、日系企業が東南アジアに進出する際の橋渡しをしてくれます。
華僑のネットワークをうまく利用することで、交渉を有利に進められるのです。
マーケティングの段階で、調査目的で利用している日本企業もあります。
ただし、民間に広く開放しているわけではないので、利用する際には何らかのコネクションが必要になります。
まとめ
海外進出の際は、いかに旬のエリアを見極めるかが重要です。
最近は、ベトナムに注目が集まっていますが、実態が伴っているかどうか、自社の視点から冷静に見極めるべきでしょう。
東南アジアの他の国々と比較してみることで見えてくるものもあります。
さらに、ベトナムの中でどのエリアを選ぶかも大切です。
たとえば、自動車産業の大半はハノイに集中していますが、これはハノイの近くのハイフォンという町に鋳物村があることも関係しています。
そういったサプライチェーンの実態まで見て、どのようにビジネスを組み立てていけるかを見極めるのが、成功の秘訣といえるでしょう。
参考資料:
ASEAN物流網の課題と展望
参考Webサイト:
【2019年版】ベトナム経済の最新状況と今後の見通し
世界の製造業「ベトナムの今」
2020年代のインド経済の課題
ベトナム初の国産車生産開始へ
焦点:迅速さと誇り、ベトナム初の国産車メーカーが賭ける夢
ベトナム自動車産業、今後どうなる?
自動車部品の輸入関税、撤廃の方針=財務省(アジア経済ニュース)
関連記事:
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